番外編 悪役、奇跡の“その後”を片付ける
──奇跡は去り際が一番、無責任だ。
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十二月二十六日、朝。
街はもう、いつもの顔に戻っていた。
イルミネーションは消え、
浮かれた音楽も、昨日のうちに撤収済み。
【カフェ・ヴィラン】の前には、
細かく破れた包装紙が、風に転がっている。
「……あっという間ですね。」
ミレイが箒を持って言う。
「奇跡なんて、そんなもんだ。」
「もう少し余韻あってもよくないですか?」
「余韻が欲しいやつは、
だいたい現実を見てねぇ。」
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店を開けると、客は少なかった。
昨日は“家族の日”。
今日は“現実に戻る日”。
一人目の客は、
目の下にクマを作った男だった。
「……ブラックで。」
「砂糖は。」
「要らない。」
……分かりやすい。
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男はカップを握ったまま、言った。
「昨日、子どもが喜んでてさ。」
「そうか。」
「……でも、今朝になって急に不安になった。」
「何がだ。」
「来年も、ちゃんと来るのかって。」
ミレイが少し困った顔をする。
「それは……」
俺は先に言った。
「来ねぇ時もある。」
男は苦笑する。
「ですよね。」
「だから、準備するんだ。」
「……準備?」
「期待しすぎない準備だ。」
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男はしばらく黙ってから、立ち上がった。
「……ありがとう。
なんか、目が覚めました。」
「悪役は、
目覚まし代わりに使うもんじゃねぇ。」
「十分効きましたよ。」
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昼過ぎ。
外で、子どもたちがプレゼントを持って遊んでいる。
昨日ほどの勢いはないが、
ちゃんと“自分のもの”になっている。
「……壊れちゃってますね。」
ミレイが言う。
「奇跡は、
使われて初めて完成する。」
「じゃあ、壊れるのも正解ですか?」
「正解だ。」
俺は頷く。
「箱に入ったままの奇跡は、
だいたい嘘になる。」
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夕方。
屋根の向こうを、
もう一度だけ赤い影が通った気がした。
袋は、もう持っていない。
「……戻ってきたんですかね。」
「忘れ物だろ。」
「え?」
「奇跡はな、
一個くらい置いてくもんだ。」
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ミレイが首を傾げる。
「何を?」
「期待しないくせに、
ちょっとだけ信じちまう気持ち。」
「……それ、悪役っぽくないですね。」
「うるせぇ。」
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夜。
店を閉める。
街は完全に通常運転。
誰も空を見上げない。
俺はシャッターを下ろしながら言った。
「明日から、また普通だ。」
「はい。」
「事件も、相談も、
どうしようもない正義も戻ってくる。」
「……それでも?」
「それでもだ。」
俺は言う。
「奇跡が一晩あったって事実だけで、
十分だろ。」
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──奇跡の“その後”。
それは、
誰も語らず、
誰も祝わず、
それでも確かに残る。
コーヒーの苦味みたいに。
……悪くねぇ後味だ。




