番外編 悪役、クリスマスを見届ける
──奇跡は、開けた瞬間より、その後が本番だ。
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十二月二十五日、朝。
街は静かだった。
昨夜の喧騒が嘘みたいに、音が引いている。
【カフェ・ヴィラン】は、珍しく朝から灯りがついていた。
理由は簡単だ。
今日は、寝坊しても誰も怒らない日だからだ。
「……マスター、開けるんですね。」
ミレイが眠そうに目をこすりながら言う。
「今日はな、
コーヒーより“様子見”が仕事だ。」
「何のです?」
「奇跡の後遺症。」
「言い方。」
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豆を挽く。
いつもより音が響くのは、街がまだ半分眠ってるせいだ。
窓の外では、子どもたちが走っている。
箱を抱えて、袋を引きずって、包装紙を蹴散らしながら。
「見て! ほんとに来てた!」
「これ、欲しかったやつだ!」
……うるさい。
だが、悪くない。
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ミレイがカウンター越しに外を見て、微笑む。
「ちゃんと来たんですね。」
「来るさ。」
「信じてたんですか?」
「信じてねぇ。」
俺は言う。
「“来る役目”だから来た。それだけだ。」
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しばらくして、親子連れが店の前を通る。
小さな女の子が、箱を開けたまま立ち止まっている。
「……ママ。」
「どうしたの?」
「欲しかったのと、ちょっと違う。」
母親は一瞬、言葉に詰まる。
だが、女の子はすぐに箱を閉じて、言った。
「でも、これもかわいい。」
そして、走り出す。
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「……強いですね。」
ミレイが小さく言う。
「強くなったんじゃねぇ。」
「え?」
「諦め方を覚えただけだ。」
「それって……大人じゃないですか。」
「だから怖ぇ。」
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カフェに、数人の客が入ってくる。
ヒーローでも、悪役でもない。
ただの人だ。
「朝からやってるんですね。」
「助かります。」
「甘め、できますか?」
「今日はな。」
俺は肩をすくめる。
「一杯だけだ。」
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カップを出すたび、
外の子どもたちは少しずつ減っていく。
プレゼントは開け終わり、
奇跡はもう、日常に溶け始めている。
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そのとき。
屋根の向こうを、
赤い影が横切った。
昨夜より、少し軽い動き。
袋も、だいぶ薄い。
「……終わったみたいですね。」
「ああ。」
俺はコーヒーを啜る。
「配り終えた顔だ。」
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ミレイが、ぽつりと聞く。
「サンタって、
ヒーローなんですか?」
「違ぇな。」
「悪役?」
「それも違ぇ。」
俺は言う。
「どっちにもならなかったやつだ。」
「……それ、ずるくないですか。」
「ずるいから、続いてる。」
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赤い影は振り返らない。
礼も言わない。
評価も気にしない。
ただ、次の街へ行くだけだ。
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カウンターに、最後の客がカップを置く。
「ありがとう。」
それだけ言って、去っていく。
ミレイが笑う。
「静かになりましたね。」
「ああ。」
俺は豆の残りを確認する。
「奇跡は終わりだ。」
「じゃあ、いつもの日常ですね。」
「……ああ。」
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──クリスマス。
正義が一日休み、
悪が一日黙り、
奇跡だけが仕事をする日。
コーヒーは、今日も苦い。
だが――
少しだけ、後味が甘い。




