番外編 悪役、クリスマス・イブをやり過ごす
──悪役は、前夜に何もしない。
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十二月二十四日、夜。
【カフェ・ヴィラン】の看板は「CLOSED」。
理由は単純だ。
今日はこの街が、一番“いい顔”をする日だからだ。
「ほんとに閉めちゃうんですね。」
ミレイがシャッターを下ろしながら言う。
「今日はな、
騒ぎを起こすやつも、救われるやつも多い。」
「どっちも来ないように、ですか?」
「どっちも“夜の仕事”だ。」
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街はやけに明るい。
イルミネーション、浮かれた音楽、
プレゼント袋を抱えた親子。
全部そろうと、逆に現実味がなくなる。
「マスター、ケーキ買ってきました。」
ミレイが小さな箱を掲げる。
「……甘そうだな。」
「今日は特別です。
苦いコーヒーばっかりだと、夢見なくなりますよ?」
「夢は寝て見るもんだ。」
「その夢、たまに悪夢ですよね。」
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店内で、静かにケーキを切る。
コーヒーは、少しだけ砂糖を入れた。
「……変な味だ。」
「優しさ入ってます。」
「要らねぇ。」
「嘘です。砂糖です。」
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そのとき。
カラン。
……閉めたはずのドアが、鳴った。
俺とミレイが同時に見る。
赤いコート。
白い髭。
大きな袋。
「……営業は終わりだ。」
老人は、穏やかに笑った。
「知っているよ。
今日は、覗くだけだ。」
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足音が、やけに軽い。
視線は優しいが、どこか遠い。
ミレイが小声で言う。
「マスター……この人……」
「ああ。
多分、職業が違う。」
老人は店内を見渡す。
「静かな店だね。」
「悪役向きだ。」
「それは光栄だ。」
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老人は袋を担ぎ直し、言った。
「今夜は忙しい。
だから、まだ配っていない。」
「……なるほど。」
俺は肩をすくめる。
「前夜の下見か。」
「そんなところだ。」
老人は何も注文せず、帽子を軽く持ち上げた。
「良い夜を。」
次の瞬間――
気配だけを残して、消えた。
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外に出ると、雪が降り始めていた。
屋根の上。
電線の影。
一瞬だけ、赤い影が跳ねる。
「……見ました?」
「ああ。」
「サンタクロース、ですかね。」
「さぁな。」
俺は言う。
「前夜に会うのは、縁起が悪いらしい。」
「悪役だから平気ですね。」
「違ぇねぇ。」
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──クリスマス・イブ。
奇跡は、まだ箱の中だ。




