表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『職業:悪役(たまに正義の相談役)』   作者: よしお


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

93/97

第90話 「悪役、正義の後片付けを押し付けられる」



病室は、昼でも静かだった。


アオトはベッドに横になったまま、

天井を見ている。


身体は重い。

だが、意識ははっきりしている。


戦いが終わったあとに残る、

動けないほどじゃない疲労だけが、

じわじわと体を押さえつけていた。


ドアが開く。


レオンが入ってくる。


「起きてるな。」


「ああ。」


レオンは壁際に立った。


「レイとツバサは?」


「負傷はしているが、動ける。

 街の後処理に向かった。」


「真面目だな。」


「止まると、余計なことを考える。」


「……だろうな。」


少し間を置いて、レオンが続ける。


「セレナも現場だ。」


「支援か。」


「元・支援ヒーローだ。

 救助要請が多すぎる。」


アオトは目を閉じた。


「全員、次の仕事があるわけだ。」


レオンは否定しなかった。


「お前は?」


「ここにいる。」


理由は言わない。

それで十分だった。


そのとき――

ドアの外で、少し慌ただしい足音が止まる。


レオンが一度だけ振り返り、

ドアを開けた。


「……入れ。」


控えめに、

だが勢いよく声が飛んでくる。


「マスター!!」


ミレイだった。


一歩病室に入って、

アオトの顔を見て、

ほっとしたように息を吐く。


「生きてるか心配してました……!」


言い切ってから、

少しだけ声を落とす。


「……本当に。」


アオトは、わずかに口角を上げた。


「悪役は、そう簡単に死なねぇよ。」


「それ、信用していいんですか?」


「今はな。」


ミレイは小さくうなずいた。


「よかったです。」


それ以上、踏み込まない。


レオンが一歩下がる。


「……俺が連れてきた。」


「ありがとうございます、レオンさん。」


きちんと頭を下げてから、

ミレイは病室を見回す。


「病院って、静かですね。」


「騒がしいよりマシだろ。」


「そうですね。」


棚の上に、小さな紙袋を置く。


「差し入れです。

 甘いのだけですけど。」


「そればっかだな。」


「マスター、苦いのはもう十分摂取してると思いまして。」


「余計なお世話だ。」


ミレイは、少しだけ笑った。


それから、空気を切り替えるように言う。


「……あ、街は大変みたいです。

 ヒーローさん達、みんな走り回ってます。」


「だろうな。」


「でも、生きてる人が多いって。

 それは、ちゃんと皆言ってました。」


報告はそこまで。


評価もしない。

感想も足さない。


ミレイは、

“見てきた事実”だけを置いていく。


少しして、

ドアの外がざわついた。


レオンが低く言う。


「……来たな。」


「正義の人たちか。」


「お前の話を聞きたいらしい。」


アオトは、静かに息を吐いた。


「殴るのは終わりか。」


「次は説明だ。」


ミレイは、邪魔にならない位置に下がる。


「マスター。」


呼び止める声は、

いつもの距離感だった。


「無理はしないでください。

 ……バイト、困りますから。」


アオトは鼻で笑った。


「勝手な理由だな。」


「実利重視です。」


レオンがドアを開ける。


「行くぞ。」


アオトは、天井から視線を外し、

ゆっくりと前を見た。


「……後片付けの時間か。」


━━━━━━━━━━━━━━━━━━


次回予告


第91話


「悪役、正義の会議に呼び出される」


――「質問が多すぎる。

   ……まずコーヒー出せ。」


ちょっと休憩。


悪役、ヒーローネーム地獄を見届ける


──名前は武器だ。

──ダサいと、致命傷になる。



昼前の【カフェ・ヴィラン】。


俺が豆を挽いていると、

ミレイがスマホを見ながら眉をひそめた。


「マスター……ヒーロー管理局、荒れてます。」


「いつものことだろ。」


「今日は“名前”です。」


……ああ。

来たか。


カラン、とドアが鳴る。


入ってきたのは、まだ若いヒーロー。

スーツは新品、目は死にかけ。


「……コーヒー、ください。」


「苦いのしかねぇぞ。」


「今は、罰ゲームでもいいです。」



席につくなり、そいつは机に突っ伏した。


「ヒーローネーム……決まらなくて……」


「それで死にかけてんのか。」


「候補はあるんです!

 でも全部、却下されて……」


ミレイが身を乗り出す。


「どんなのですか?」


ヒーローは恐る恐る言った。


「“ブレイブ・ホープ”」


俺は何も言わず、コーヒーを注ぐ。


「“シャイニング・フェザー”」


……無言。


「“ライト・オブ・ジャスティス”」


「帰れ。」


「えっ」


「今すぐ帰って、名前を考え直せ。」


ミレイが慌てる。


「マスター!?

 さすがに厳しすぎません!?」


「いや、優しい方だ。」



ヒーローは泣きそうだ。


「でも管理局に言われたんです……

 “覚えやすくて、親しみやすくて、強そうで”って……」


「無理だな。」


「そんな即答あります!?」


「三つ同時に満たす名前は、

 だいたい事故る。」


ミレイが首を傾げる。


「じゃあ、どうすればいいんです?」


俺はカウンターに肘をついた。


「一個捨てろ。」


「……え?」


「全部盛りは失敗する。

 どれか一つに絞れ。」



ヒーローは考え込む。


「……強そう、ですかね。」


「じゃあ、覚えにくくなる。」


「親しみやすさ?」


「舐められる。」


「覚えやすさ……?」


「ダサくなる可能性が高い。」


ミレイが小さく笑う。


「ヒーローネームって、地獄ですね。」


「地獄だよ。

 だから悪役は名前を気にしねぇ。」


「ブラック・アオトンは?」


「……あれは事故だ。」



ヒーローがぽつりと言った。


「じゃあ……マスターなら、

 今から名前つけるとしたら、どうします?」


俺は少し考えてから答えた。


「機能だけにする。」


「機能?」


「速いなら“迅”。

 守るなら“盾”。

 燃やすなら“火”。

 余計な装飾は要らねぇ。」


「……シンプルすぎません?」


「シンプルは、生き残る。」



ヒーローは深く息を吐いた。


「……“シュン”。

 速の“シュン”で、いいかもしれません。」


ミレイが頷く。


「覚えやすいし、呼びやすいです!」


「悪くねぇ。」


ヒーローの顔が、少しだけ晴れた。


「……ありがとうございます。

 名前でここまで悩むとは思いませんでした。」


「名乗るってのは、覚悟だからな。」



ヒーローが帰ったあと、

ミレイがぽつり。


「マスターの名前って、

 やっぱり自分で決めたんですか?」


「いや。」


「え?」


「俺に負けたヒーローが勝手につけた。」


「……それ、嫌じゃなかったです?」


「嫌だったさ。」


俺はカップを拭きながら言う。


「でもな。

 ダサい名前でも、生き残った方が勝ちだ。」



──ヒーローネームは、呪いにも盾にもなる。

悪役は、それをよく知っている。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ