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『職業:悪役(たまに正義の相談役)』   作者: よしお


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第89話 「悪役、影のいない朝を迎える」



目を覚ましたとき、

最初に思ったのは――


静かすぎる、だった。


爆音も、警告音も、

あのやかましい戦場の残響もない。


代わりに聞こえるのは、

遠くで誰かが瓦礫を動かす音と、

医療用モニターの一定のリズム。


アオトは天井を見たまま、

しばらく瞬きもしなかった。


「……朝か。」


声に出してみて、

ようやく自分が生きていると分かる。


体は動かない。

包帯と固定具の重さだけが、

やけに現実的だった。


カーテン越しに、

淡い朝の光が差し込んでいる。


「……影。」


返事はない。


分かっているのに、

名前を呼んでしまった。


ドアの向こうで足音が止まる。


レオンが、静かに入ってきた。


「起きたか。」


「ああ。」


それ以上、

言葉はいらなかった。


レオンは椅子を引いて座り、

窓のほうを一度だけ見た。


「……街は助かった。」


「そりゃよかった。」


軽口のつもりだったが、

喉が少し引っかかった。


レオンは、

ほんの一瞬だけ視線を落とした。


「黒アオトは……」


アオトは、ゆっくり瞬きをした。


「いない。」


それだけで、

全部伝わった。


レオンは何も言わなかった。

慰めも、言葉選びもない。


ただ、

短く息を吐いただけだ。


「……そうか。」


少しして、

今度はレイが顔を出す。


「アオトさん……!」


声が弾みかけて、

途中で止まる。


ベッドの横に立ったまま、

何を言えばいいか分からない顔だ。

だ。


「生きててよかったです、ほんと……」


「悪役は、そう簡単に死なねぇよ。」


レイは無理に笑って、

でもすぐに真面目な顔に戻った。


「……あの、

 黒アオトさん……」


アオトは、天井を見たまま言った。


「役目、終えた。」


それ以上は、

誰も聞かなかった。


しばらくして、

部屋にコーヒーの匂いが漂ってきた。


ツバサだった。


紙コップを持って、

やけに静かに入ってくる。


「……勝手に持ってきました。

 薄めっすけど。」


「気が利くじゃねぇか。」


ツバサは、

ベッドの横にコップを置いて、

少し迷ってから言った。


「……影さん、

 かっこよかったっす。」


アオトは、

ほんの少しだけ口角を上げた。


「だろ。」


それだけで、

胸の奥がきゅっとした。


朝の光が、

ゆっくりと病室を満たしていく。


昨日まで、

確かにそこにいた“影”は、

もうどこにもいない。


アオトは、

目を閉じて小さく息を吐いた。


「……静かすぎるな。」


目を開ける。


「コーヒー、

 濃くしねぇと。」


━━━━━━━━━━━━━━━━━━


【次回予告】


第90話


「悪役、正義の後片付けを押し付けられる」


――「殴るのは終わり?

   ……じゃあ次は、面倒な話かよ。」

ちょっと休憩。


「悪役、ヒーローの“副業相談”を受ける」


──正義は腹を満たさない。だが空腹は、だいたい判断を狂わせる。



夕方の【カフェ・ヴィラン】。


ミレイが豆を補充しながら言った。


「最近、ヒーローのお客さんばかりじゃないですか?」


「金がねぇ時ほど、人はコーヒーに逃げる。」


「逃げ場所がカフェって、平和ですね。」


「平和は金で買えねぇが、落ち着きは買える。」


……安いブレンドでな。


カラン、とドアが鳴った。


入ってきたのは、

スーツはきちんとしてるが、目の下が終わってるヒーロー。


「……やってますか。」


「見りゃ分かる。」


ミレイが席を案内する。


「どうぞ。今日は何にします?」


「一番安いので……」


……ああ、これは深刻だ。



ヒーローはカップを両手で包み、ぽつりと切り出した。


「その……相談があって……」


「副業だろ。」


「えっ」


「顔に書いてある。

 “生活費が足りません”ってな。」


ミレイが目を丸くする。


「そんな顔、あるんですか?」


「ある。俺はよく見てきた。」


ヒーローは観念したように頷いた。


「……はい。

 ヒーローの給料、思ったより低くて……

 出動ない日は、ほぼ待機扱いで……」


「待機は労働だって、誰か教えてやれよ。」


「言いました。

 “志でカバーしてください”って言われました。」


……出た。志払い。



「で、何やりたい。」


ヒーローは指を折り始める。


「配達、警備、イベントスタッフ……

 でも“ヒーローはイメージを損なう副業禁止”って……」


「じゃあ無理だな。」


「ですよね……」


ミレイが首をかしげる。


「イメージって……お腹空いてる方が問題じゃないですか?」


「現場はいつも正論に弱い。」



俺はカウンターに肘をついた。


「じゃあ逆だ。

 イメージを上げる副業にしろ。」


ヒーローが顔を上げる。


「え……?」


「ヒーローの肩書きが邪魔なら、

 “肩書き使っても怒られない仕事”を選べ。」


「例えば……?」


「講師。訓練補助。安全講習。

 “正義の啓蒙”って名目なら、金取っても文句言われにくい。」


ミレイが頷く。


「確かに……!

 子ども向けの防犯教室とか!」


ヒーローの目に、久々に光が戻った。


「……それ、ありですね……」


「あと一つ。」


「はい?」


「副業を“隠すな”。

 堂々とやれ。

 コソコソすると、必ずバレる。」


「……悪役なのに、現実的ですね。」


「悪役は現実主義だ。」



ヒーローは深く頭を下げた。


「ありがとうございます。

 ……正直、恥ずかしかったんです。

 “正義なのに金の話するな”って言われそうで。」


「正義は綺麗だが、生活は汚れる。

 両立できないなら、先に生き残れ。」


ミレイが笑う。


「マスター、今日もいいこと言ってます!」


「言ってねぇ。

 死なれたら寝覚め悪いだけだ。」



ヒーローが帰ったあと、ミレイがぽつり。


「ヒーローって、大変なんですね。」


「仕事ってのはだいたい大変だ。」


「マスターは副業しないんですか?」


「してるだろ。」


「え?」


「カフェだ。」


「それ本業じゃないですか!」


「……悪役は本業が曖昧なんだよ。」



──正義は無償じゃ続かない。

悪役は、その現実をよく知っている。


だから今日も、

コーヒーだけは有料だ。


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