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『職業:悪役(たまに正義の相談役)』   作者: よしお


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第88話 「悪役、影に守られて立てなくなる」




静かだった。


巨大AIの中枢は、

さっきまでの轟音が嘘みたいに、

ただ“止まって”いた。


光は消え、

警告音もない。


あるのは、

崩れ始めた構造体が、

遠くで軋む音だけ。


アオトは床に膝をついたまま、

もう一歩も動けなかった。


指先が痺れて、

拳も開かない。


「……っ、」


息を吸うだけで、

肺の奥が焼ける。


黒アオトは、

その前に立っていた。


レンズは静かで、

いつもの戦闘用の光はもうない。


「……戦闘は終了した。」


淡々とした声。


「巨大AIの中枢機能は完全停止。

 だが、この内部構造は……

 あと数分で崩壊する。」


アオトは、顔を上げようとして、

それすらできなかった。


「……悪い……」


かすれた声。


「……まだ、動けねぇ……」


黒アオトは、少しだけ間を置いた。


それから、

いつもより低い声で言う。


「問題ない。

 想定内だ。」


一歩、前に出る。


「オレが残る。」


アオトの喉が鳴った。


「……やめろ……」


身体は動かない。

腕も上がらない。


「……一緒に……出るんだろ……」


黒アオトは、首を横に振った。


「不可能だ。」


淡々と、でも迷いなく。


「お前を運搬するには、

 この空間を支える必要がある。

 オレが“残れば”、時間を稼げる。」


アオトは歯を食いしばった。


「……それは……

 お前が……」


黒アオトは、遮るように言った。


「役目だ。」


短く。


「オレは“影”だ。

 お前が生きて外に出ることが、

 最優先事項だ。」


アオトは、床に拳を叩きつけようとして、

力が入らず、音も立たなかった。


「……ふざけんな……」


黒アオトは、

アオトの前にしゃがみ込んだ。


視線が、初めて同じ高さになる。


「アオト。」


名前を呼ぶ声は、

今までで一番、静かだった。


「オレは……

 これから、お前のことを

 もっと知りたかった。」


その一言に、

アオトの目が揺れた。


黒アオトは、続ける。


「お前が、

 なぜ殴るのか。

 なぜ止まらないのか。

 なぜ、正義を信じないのに、

 人を見捨てないのか。」


ほんの一瞬、

言葉を探すような間。


「……それを、

 もっと観測したかった。」


アオトの喉が、

声にならない音を漏らす。


黒アオトは、少しだけレンズを細めた。


「だが――」


「それでも、

 守れた。」


アオトの胸に、

何かが落ちた。


黒アオトは、最後に言った。


「アオト。

 守ってくれて、ありがとう。」


ゆっくりと立ち上がる。


「外に出ろ。

 ヒーロー達が、もう来る。」


アオトは、必死に首を振った。


「……行くな……」


黒アオトは、もう振り返らない。


崩壊が始まる。


天井が、壁が、

光の粒子になって崩れていく。


黒アオトの身体も、

その輪郭からほどけ始めた。


「影……!!」


アオトの叫びが、

空間に吸われる。


黒アオトの声が、

最後に届く。


「――任務完了だ。」


そして。


影は、

光になって消えた。


何も残らなかった。


アオトの視界が、

ゆっくりと暗くなる。


外から、

誰かの声が聞こえた気がした。


「……アオト!!」


「生きてるぞ!!」


「早く引き上げろ!!」


だが、その声よりも先に――

アオトの胸に残ったのは、

もう一人分の“静けさ”だった。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━


【次回予告】


第89話


「悪役、影のいない朝を迎える」


――「……静かすぎるな。

   コーヒー、濃くしねぇと。


ちょっと休憩。


「悪役、ヒーローの“引退式”に居場所がなくなる」


──悪役は、拍手の音が一番苦手だ。



夕方の【カフェ・ヴィラン】。


ミレイが貼り紙を指さして言った。


「アオトさん、今日この通り通行止めみたいですよ?」


『◯◯ヒーロー 引退セレモニー開催』


でかでかと書いてある。


「……引退式か。」


「有名な人なんですか?」


「さぁな。

 生きて帰れるヒーローは、だいたい有名になる。」


ミレイが微妙な顔をした。


「それ、褒めてます?」


「現実言ってるだけだ。」



買い出しついでに通りかかると、

小さな広場に人が集まっていた。


花束。

横断幕。

子どもたちの拍手。


ステージの上には、

白髪交じりのヒーローが立っている。


……ああ。


「知り合いですか?」


「昔、同じ現場にいたことがある。」


それ以上は言わなかった。



司会が声を張り上げる。


「◯◯年にわたり街を守ってきた英雄に、

 盛大な拍手を!!」


拍手が鳴る。


……うるせぇ。


俺は一歩引いた場所に立った。

拍手の輪の外。

完全に場違いな黒コート。


ミレイが小声で言う。


「マスター、前行かなくていいんですか?」


「行かねぇよ。

 こういう場所は、立つ位置間違えると殴られる。」



引退ヒーローがマイクを握った。


「正直……

 怖かったです。

 毎回、“次で終わりかも”って思ってました。」


ざわり、と空気が揺れる。


「でも……

 街に、帰る場所があった。

 それだけで、立てました。」


……帰る場所、ね。


ミレイが俺を見る。


「マスターのカフェも、そうですね。」


「一緒にすんな。

 俺の店は逃げ場だ。」


「似てますよ。」



式が終わり、人が散っていく。


引退ヒーローが、ふと俺に気づいた。


一瞬、目を細めて――

何も言わず、軽く頭を下げた。


それだけだ。


俺も、何も言わない。


拍手も、花束も、

俺には似合わねぇ。



帰り道。


ミレイがぽつりと聞く。


「マスターは……

 ちゃんと引退とか、考えたことあります?」


「ある。」


「えっ、意外。」


「“生き残った時点で引退”みたいなもんだ。」


ミレイは少し考えてから言った。


「じゃあ今は?」


「……居残りだな。」


ミレイが笑った。


「悪役の居残り補習ですか?」


「最悪だな。」



──ヒーローは拍手の中で舞台を降りる。

悪役は、誰にも気づかれず舞台に残る。


ま、

それでいい。


コーヒーが冷める前に、帰ろう。


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