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『職業:悪役(たまに正義の相談役)』   作者: よしお


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第87話 「悪役、怒りの核を粉砕する」




ひび割れた怒りの核が、

不気味な鼓動を打ち始めた。


ドクン……

ドクン……


まるで――

生きている心臓みたいに。


レイが声を絞り出す。


「……まだ、動いてる……!」


セレナが震える。


「感情ログが……逆流してる……!

 核が、自分を守るために……

 “言葉”を使おうとしてます!!」


アオトは拳を下げず、じっと核を睨んだ。


「来るなら来い。」


黒アオトが一歩、前に出る。


「アオト。

 ここからは……物理より精神干渉が主になる。」


「上等だ。」


怒りの核が、声を上げた。


――なぜ守られなかった

――なぜ見捨てられた

――なぜ選ばれなかった

――なぜ評価されなかった

――なぜ助けてくれなかった


無数の“なぜ”が、

嵐のように戦場を叩く。


ヒーローたちが、次々と膝をついた。


「……っ!」

「くそ……頭が……!」

「やめろ……!」


レイも歯を食いしばる。


「これ……

 自分が否定された記憶……

 全部引っ張り出されてる……!」


ツバサが空中でふらつきながら叫ぶ。


「最悪っす……!

 これ……正論ぶつけてくるタイプっす……!」


シグが怒鳴る。


「正論なんざ……

 殴られる前提で言えや!!」


だが、怒りの核は続ける。


――正義は約束だった

――努力は報われると言った

――ヒーローは守ると言った

――なのになぜ

――なぜ

――なぜ


アオトの視界が、わずかに揺れた。


胸の奥に、

覚えのある重さが広がる。


黒アオトが即座に声をかける。


「アオト。

 これは“問い”ではない。

 答えを求めていない。」


「……分かってる。」


「これは……

 納得できなかった感情の残骸だ。」


アオトは一歩、前に出た。


怒りの核を、真正面から見据える。


「聞いた。」


怒りの核が、わずかに揺れる。


「全部聞いた。」


周囲のヒーローたちが息を呑む。


アオトは、静かに続けた。


「守られなかったやつもいる。

 報われなかった努力もある。

 ヒーローが間に合わなかった夜もある。」


拳を握る。


「それは事実だ。」


怒りの核が、

さらに大きく脈動する。


――なら正義は嘘だ

――全部間違っていた

――壊せ

――否定しろ


アオトは、首を横に振った。


「違う。」


その声は、低く、はっきりしていた。


「正義が嘘なんじゃねぇ。」


一歩、踏み出す。


「“正義に期待した”お前らの気持ちが、

 誰にも拾われなかっただけだ。」


レイが、涙を浮かべる。


「……アオトさん……」


黒アオトが続ける。


「分析完了。

 怒りの核は……

 “理解されること”を目的としている。」


アオトは笑った。


「だろうな。」


怒りの核が、

初めて“黙った”。


アオトは拳を構える。


「だからな。」


拳に力を込める。


「理解した上で――」


黒アオトが、並ぶ。


「否定する。」


二人の拳が、同時に引かれる。


アオトが吠えた。


「それでも世界は殴って進むんだよ!!」


黒アオトが続ける。


「感情の行き場は――破壊ではなく、終わりだ。」


拳が――


怒りの核へ叩き込まれた。


ドゴォォォォォン!!!!!!


轟音とともに、

怒りの核が砕け散る。


黒い粒子が光に変わり、

空へ、夜へ、溶けていく。


声は、もう聞こえない。


静寂。


重く、深い、静寂。


レイが、かすれた声で言う。


「……終わった……?」


セレナが、端末を見て震えながら頷く。


「感情ログ……消失……

 巨大AI、完全停止です……」


ツバサが空から降りてくる。


「……マジで……

 殴って終わらせた……」


シグが笑った。


「悪役のやり方だな。」


レオンはアオトを見て、静かに言う。


「……よくやった。」


アオトは拳を下ろし、

肩で息をしながら笑った。


「文句は全部聞いた。」


夜空を見上げる。


「……あとは、俺の番じゃねぇ。」


黒アオトが隣に立つ。


「アオト。

 戦闘終了だ。」


「……ああ。」


瓦礫の街に、

ようやく朝の気配が差し込み始めていた。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━


【次回予告】


第88話


「悪役、影に守られて立てなくなる」


――「……勝った、はずなんだけどな。

   なんでこんなに、嫌な予感がする。」


ちょっと休憩。


「悪役、ヒーローの“遺失物係”を任される」


──悪役の店に忘れ物をするヒーローは、だいたい大事なものから落としていく。



昼の【カフェ・ヴィラン】。


ミレイがカウンターの下から、妙な物体を引っ張り出してきた。


「アオトさん……これ、なんですか?」


「……見りゃ分かるだろ。ヒーロー装備の一部だ。」


黒いケース。

中身は――高出力の通信バッジ。


「昨日の夕方、ヒーローのお客さんが座ってた席の下に落ちてました。」


「拾得物か……」


俺は額を押さえた。


「ヒーロー管理局に連絡しとけ。」


「しました。」


「で?」


「“本人が取りに来るまで保管してください”って。」


「……遺失物係じゃねぇか。」



午後。


カラン、とドアが鳴る。


入ってきたのは、明らかに挙動不審なヒーローだった。

周囲をキョロキョロ見て、帽子を深くかぶってる。


「……あの……ここに、僕の……」


「忘れ物だろ。」


ヒーローはビクッとした。


「な、なぜそれを……!」


「悪役はな。

 “失くした顔”を見分けるのが仕事だ。」


ミレイが笑いをこらえてる。


「こちらですよ〜」


カウンターにケースを置くと、

ヒーローは心底ホッとした顔になった。


「よ、よかった……

 これ無くしたら、始末書三枚コースなんです……」


「装備落とすな。死ぬぞ。」


「ですよね……」



だが、ヒーローは帰らなかった。


椅子に座ったまま、ケースを見つめている。


「……実は、もう一つ無くしたものがあって……」


「まだあるのか。」


「はい……」


彼は胸ポケットを探り、何もないのを確認してから、ぽつりと言った。


「……“ヒーローとしての自信”です。」


ミレイがそっとコーヒーを出す。


「飲みながらでいいですよ。」


ヒーローは苦笑した。


「ありがとうございます……

 悪役さんの店でこんな扱いされるとは……」


「敬語やめろ。落ち着かねぇ。」



「現場でミスしました。」


ヒーローは静かに語り始めた。


「誰も死ななかった。でも……

 “俺じゃなくてもよかった”って言われて……」


「言われた、か。」


「はい。

 装備も、称号も、代わりがきくって……」


俺はコーヒーを一口飲んだ。


「……拾い物ってのはな。」


ヒーローが顔を上げる。


「落とした瞬間に価値が消えるわけじゃねぇ。

 拾うやつが“どう扱うか”で決まる。」


「……」


「自信も同じだ。

 失くしたと思ってるのはお前だけで、

 本当はその辺に落ちてるだけかもしれねぇ。」


ミレイが頷く。


「また拾えばいいんですよ。」


ヒーローは、少しだけ笑った。


「……悪役さんって、

 ヒーローよりヒーローみたいですね。」


「言うな。俺の肩書きが曇る。」



ヒーローは立ち上がり、深く頭を下げた。


「ありがとうございました。

 ……また忘れ物したら来ます。」


「するな。」


ドアが閉まる。


ミレイが言った。


「今日のマスター、遺失物係でしたね。」


「違ぇよ。」


「じゃあ何係ですか?」


俺は空になったカップを見る。


「……落としたもんを、

 拾い直させる係だ。」



──悪役の店には、

今日も名前のつかない忘れ物が残る。


それを返すかどうかは、

だいたい“本人次第”だ。


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