第9話 ヒーロー保険会社、クレーム対応に悪役投入される
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「……保険の現場に悪役呼ぶって、もう末期じゃないか?」
俺――ブラック・アオトンは、スーツ姿でカウンターの前に立っていた。
本日の出勤先は、《ヒーロー共済保険株式会社》。
表向きはヒーローの活動を支援する立派な会社。
だが実態は――クレームと請求の地獄絵図だった。
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「すみません! 昨日の戦闘でスーツが汚れたんですが、保証されますよね!?」
「はぁ……では被害報告書の“原因”欄をお願いします。」
「“敵の爆発”です!」
「敵の名前は?」
「ブラック・アオトンです!」
「……本人ここにいますけど?」
沈黙。
「えっ、えっ!? 本人!?」
「うん、どうも。ご利用ありがとうございます。」
「ひぇぇぇっ!?」
俺は営業スマイルで書類を渡した。
「規約第7条。“過剰演出による損傷は自己責任”です。残念でした。」
ミレイ(例のバイト仲間)が隣で笑いをこらえる。
「アオト先輩、今日めっちゃ仕事モードじゃないですか。」
「職務中だからな。悪役だって、働くときは真面目なんだよ。」
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昼過ぎ。
会議室では“ヒーロー保険利用率の上昇”が問題になっていた。
「被害報告の9割が“心理的ショック”です!」
「戦闘で悪役に罵倒された、って内容が多いですね。」
「“悪のくせに正論を言われて傷ついた”って何だよそれ。」
俺は書類を見ながらため息をついた。
「……ヒーローも繊細になったもんだな。」
上司(もちろん悪役出身)がぼそっと言う。
「アオト、お前が昔みたいに“ガチ悪”やってくれたら、クレーム減るんじゃね?」
「俺が全力で暴れたら、今度は“悪役が怖すぎてトラウマになった”って訴えられるだろ。」
「……たしかに。」
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その日の夕方。
1人の女性ヒーローが受付にやってきた。
「この請求書、処理してもらえますか?」
「どんな内容です?」
「市民を守った際、手袋が破れました。あと……心が折れました。」
ミレイが小声で俺にささやく。
「“心が折れました”って、どう処理すれば……」
「補償外だ。精神的損害は“善意によるもの”扱いだな。」
女性ヒーローは苦笑いを浮かべた。
「……あなた、もしかしてあの悪役の?」
「そう。ブラック・アオトン。いまは事務員やってる。」
「変な感じ。でも……あなたみたいな悪役がいてくれて、少し救われます。」
「なんで?」
「完璧な正義ばかりだと、息が詰まるから。」
……またか。
最近このセリフ、やたら聞くな。
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夜。
退勤のタイムカードを押しながら、俺はぼやいた。
「正義の戦いにも、領収書が必要な時代か。」
ミレイが笑う。
「アオト先輩、悪役がいないと経済も回らないですね。」
「ほんとだな。悪も、社会貢献の形次第ってことか。」
自販機の前で缶コーヒーを開ける。
今日も街のビジョンは、ヒーロー広告で眩しい。
でもその下に、小さくこう書かれていた。
《ヒーロー保険、加入者急増中。安心の“悪役対応オプション”付き!》
「……ま、俺の仕事、まだまだなくならねぇな。」
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次回:
第10話「悪役が街のカフェを経営したら、なぜかヒーローの溜まり場になった」
「“悪役ラテ”がSNSでバズり中!? 正義と悪の午後3時――開店!」




