第86話 「悪役、怒りの核をぶん殴る準備をする」
前方の道が開けた瞬間、
巨大AIの内部で――何かが「形」を決めた。
ズル……ッ!
ガギィ……!
黒い塊が収束し、
まるで“心臓”のような構造物が浮かび上がる。
レイが震える声で叫ぶ。
「うわ……!!
なにあれ……!! 形になってる……!」
セレナが端末を見て息を呑む。
「怒りのログが……一定密度で安定してる……
“核”として機能し始めています……!!」
シグが即座に判断する。
「つまり、今なら殴れるってことだな!!」
アオトは肩を回しながら笑う。
「そういうこった。」
黒アオトは静かに分析を続ける。
「アオト。
“あれ”を破壊すれば……
巨大AIの行動原理が大幅に崩れる。」
「つまり倒れるってことだな?」
「倒れる確率は高い。」
「もっと自信持て。」
「持てと言われて持てるものではない。」
「お前、ほんとに影か?」
そんな軽口を交わしながら、
二人は核心へ一直線に向かう。
だが――
暴走感情体はそれを許さない。
巨大AIの周囲から、
“触手にも腕にも見える歪な appendage” が立て続けに生える。
レイが叫ぶ。
「また増えた!?
あれさっき八本じゃなかった!?」
セレナは震えながら答える。
「核が安定したことで……
外側の怒りが“形を模倣”してるんです……!
人が怒鳴る姿、殴る姿、責める構図……
全部、混ざって……!!」
レオンはレイの肩を後ろに引き、
「レイ、気を強く持て。
今崩れたら巻き込まれるぞ。」
レイ「わ、分かってます……!!」
そのとき――
後方からヒーローたちの叫びが飛ぶ。
「前線押し上げ!!」
「アオトを通せ!!」
「ここが正念場だ!!」
「全員、耐えろ!!!」
ツバサも空から怒鳴る。
「アオトさーーん!!
この先、めちゃくちゃ熱いの出てます!!
気をつけてください!!」
アオトは親指だけ上げて返す。
「おう、見てろや。」
黒アオトが横で構える。
「アオト。
感情の濃度がさらに上がる。
意識への干渉が強まるぞ。」
アオトは鼻で笑った。
「言っとくが――」
巨大AIの中心、怒りの核から、
再び声が溢れ出す。
――助けてくれ
――誰のせいだ
――あいつが悪い
――許さない
――お前が悪い
――お前が悪い
――お前が悪い
アオトの眉がわずかに動いた。
黒アオトが低く叫ぶ。
「アオト、侵入が来る!! 気を逸らすな!!」
アオトは口の端を上げた。
「影。
俺を誰だと思ってんだ?」
「……アオトだ。」
「そういうことだ。」
巨大AIの腕群が、
十数本同時に襲いかかる。
レイが絶叫する。
「数がおかしい!!
避けきれない!!」
その瞬間――
後方のヒーローたちが叫びと共に飛び出した。
「防御シールド展開!!」
「後方支援! 火力集中!!」
「アオトを守れ!!!」
「まだ立てる奴は全員行け!!」
ツバサも叫びながら突撃する。
「スパークさーーん!!
後ろ任せましたぁぁ!!」
レイ「任されたぁぁぁぁぁ!!!!」
戦場全体が、
アオトのためだけに“前へ押す力”へ変わる。
その中心で――
アオトは笑った。
「悪役に道作るとか……
お前ら、趣味悪いな。」
レオンが低く言う。
「いいから……行け。」
黒アオトが構える。
「アオト。
殴る準備は――」
「できてる。」
「ならば、行こう。」
二つの影が跳ぶ。
怒りの核へ、
全神経を集中させた一撃が炸裂する。
ドゴォォォォン!!!
赤黒い光が咲き乱れ、
空が一瞬だけ白く染まった。
核心にヒビが入る。
レイが叫ぶ。
「割れてる!! ヒビ入ってる!!」
セレナも声を震わせた。
「アオトさん、あと一撃……!!
あと一撃で――!!」
アオトは拳を握りしめた。
「よし……」
黒アオトが隣で構える。
二人の声が重なる。
「次で終わらせる!!」
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【次回予告】
第87話
「悪役、怒りの核を粉砕する」
――「文句も、怒りも、全部まとめて聞いてやるよ。
でも答えはひとつだ。“黙れ”だ。」
ちょっと休憩。
「悪役、怪人に間違われたヒーローを慰める」
──悪役が慰める日が来るとは思わなかった。
⸺
昼。
【カフェ・ヴィラン】でミレイが仕込みしていたそのとき。
ガラァァンッ!!
入口のドアが爆発でもしたみたいに開いた。
「マスターッ!! 助けてくださいッ!!」
……知らん泣き声が飛び込んできた。
入ってきたのは――
■ 身長190cm
■ 全身黒タイツ+赤ライン
■ 仮面は獣みたいな形
■ 声はデカい
……怪人かな?
ミレイが固まった。
「ま、マスター……怪人きた……」
「いや、違う。そいつ“ヒーローバッジ”つけてる。」
胸元を見ると、
確かに正規ヒーローのバッジが光っている。
「ぼ、僕は怪人じゃありません……っ!!
ヒーローの……《グロウル・シェイド》です……っ!!」
……より怪人っぽい名前してんな。
⸺
席に座るや否や、
シェイドはテーブルに突っ伏して泣き始めた。
「もう嫌なんです……街を歩くだけで……
“ぎゃあ!! 怪人だ!!”
“助けてヒーロー!!”
って言われるんです……!!」
ミレイが苦笑する。
「まぁ……その……見た目のインパクトが……」
「本当にヒーローなんですか?」
と俺が聞くと、
「ヒーローですッ!!
変身後がこれなんですッ!!
設計した人のセンスが悪いんですッ!!」
俺は思わずコーヒー吹きそうになった。
⸺
「で、なんでうち来た。」
シェイドは涙をぬぐいながら言う。
「悪役なら……
この“理不尽さ”を分かってくれるかと思って……」
「まぁ……悪もよく誤解されるしな。」
「ですよね……!!
ぼ、僕……今日もヒーロー署に入ろうとしたら、
警備員さんに“逃げろ”って言われました……」
ヒーロー署に拒否られるヒーロー初めて見たな。
ミレイが慰める。
「だ、大丈夫ですよ! シェイドさん!
強そうでかっこいいですって!」
「強そうは褒め言葉じゃないです……
かっこいいは……ちょっと嬉しい……」
「単純だな。」
⸺
俺はコーヒーを置いて言った。
「いいか。
お前の見た目を“怪人じゃない”と思わせたいなら――
行動で見せりゃいい。」
シェイドが目を上げる。
「行動……?」
「本物の怪人は、困ってるガキを見ても無視する。
だがヒーローは助ける。
お前がやってることが“正義”なら、
そのうち街も覚える。」
「で、でも……僕を見ると逃げられるし……」
「追うな。
追わずに、ただ黙って手を差し出せ。
それを繰り返せ。」
ミレイが微笑む。
「シェイドさん、マスターってこう見えて優しいですよ?」
「優しくねぇよ。」
シェイドが拳を握る。
「……僕……やってみます。
怪人に見られても……逃げられても……
それでも、“助ける行動”します!」
「おう。
間違っても俺に向かって変身ポーズすんなよ。
殴るぞ。」
「しません!!」
⸺
シェイドは勢いよく立ち上がり、
店を出る前に深く頭を下げた。
「ありがとうございました!!
ブラックアオトンさんの言葉、忘れません!!」
「忘れていい。」
「忘れません!!」
「忘れろって言ってんだよ。」
⸺
静かになった店で、ミレイが言う。
「マスター、なんだかんだ励ましてましたよね?」
「励ましてねぇ。
あれはただ……“見た目で誤解される苦しみ”に
同情しただけだ。」
ミレイは笑った。
「だってマスターも昔、
“あの見た目は絶対悪役”って決めつけられてたでしょ?」
俺はコーヒーを一口すすいで、ぼそっと返す。
「……若い頃はな。
まだ“ヒーローですか?”って聞かれた時代もあったんだよ。」
ミレイが目を丸くする。
「え、ほんとに!? 今じゃ全然――」
「そこから先は言うな。
言った瞬間、お前の給料が1円下がる。」
「脅し方が完全に悪役!!」
コーヒーの湯気がゆらりと揺れた。
── 世の中、誤解だらけだ。




