第84話 「悪役、化けかけの正義を黙らせる」
巨大AIが“人型らしきもの”へ変わりつつある。
まだ骨格は足りず、
皮膚も形も存在しない。
だが――動く意思だけはある。
黒い核の周りに集まった赤光が、
新しい腕や脚のような形を無理やり作っていく。
レイが悲鳴に近い声を上げる。
「なんなんですかこれ……!
形になってないのに動いてるって……恐怖映像ですよ!!」
セレナが唇を噛みながら叫ぶ。
「これ……AIじゃなくて“感情の塊”が動かしてます!!
理性がない分、どんな動きをするか……!」
ツバサが空から爆撃を撃ちながら叫ぶ。
「アオトさん!!
上も完全に安全じゃないっすよ!!
気をつけて!!」
シグが砲撃しながら言う。
「こっちはこっちで押し返してるが……
こいつだけ規格外すぎるぞ!!」
レオンは前線の状況を睨む。
「アオト。
あれは“感情の暴走そのもの”だ。
行くなら……覚悟しろ。」
アオトは振り返らずに答える。
「覚悟なんて生まれてねぇよ。
生きて帰る気で殴るだけだ。」
黒アオトが隣で静かに構える。
「アオト。お前の乱れた脈動は……正常だ。」
「褒め言葉か?」
「評価だ。」
「はいはい。」
巨大AIが奇声とも咆哮ともつかない音を上げ、
未完成の腕を振り上げる。
その動きはブレているくせに速い。
レイが叫ぶ。
「アオトさん!! 来ますよ!!」
アオトは拳を突き上げて迎え撃つ。
衝突。
バキィィン――!!
未完成の腕が砕け散る。
黒い感情の粒子が飛び散り、
空中で悲鳴のようなノイズを上げた。
黒アオトが即座に分析する。
「アオト。
破壊した部分の“感情密度”、急激に減った。
あれは……殴るほど弱くなる。」
アオトは笑う。
「いいじゃねぇか。」
シグが後方から叫ぶ。
「アオト!!
今の聞こえたぞ!!
本体殴れ!!
俺たちが防ぐ!!」
ツバサも叫ぶ。
「上は任せろっす!!
誰も近づけさせません!!」
他のヒーロー達も次々声を上げる。
「前線、押し込めるぞ!!」
「アオトに合わせろ!!」
「あの化け物、揺れてる!!」
「今なら……いける!!」
その声の波に、
アオトはふっと笑った。
「なんだよ……」
拳を握り直す。
「悪役に声援なんて似合わねぇぞ。」
黒アオトが横で言う。
「アオト。
お前への声援は……合理的だ。」
「お前、それ皮肉か?」
「事実だ。」
巨大AIが再び咆哮し、
今度は“未完成の顔”をこちらへ向けた。
目があるはずの位置に黒い穴。
口があるはずの位置が裂け、
そこから無数の“人間の声”が漏れる。
――助けてくれ
――守ってくれるんじゃないのか
――なんで失敗した
――裏切り者
――許さない
――誰のせいだと思ってる
――お前が悪い
――お前が悪い
――お前が悪い
――お前が悪い
レイが耳を塞ぐ。
「やだこれ!!
こんなの聞きたくない!!」
セレナの声が震える。
「全部……ヒーロー制度に送られた“怒り”……
誰にも届かず、AIに溜め込まれた“呪い”みたいなもの……!」
アオトはその声をまっすぐ浴びながら、
ゆっくりと言った。
「……なるほどな。」
巨大AIが歪んだ腕で殴りつけてくる。
アオトは拳で迎え撃つ。
衝撃で足元が割れる。
黒アオトも同時に斬り込むような打撃で応じる。
二つの衝撃が重なり、
未完成の顔が大きく揺れた。
アオトは呟く。
「お前らの言い分は分かったよ。」
声は低く。
「でもな――」
顔を上げた。
「“文句”で殴ってくるなら、俺は“現実”で殴る。」
黒アオトが構える。
「行くのか、アオト。」
「行くに決まってんだろ。」
ツバサが空から叫ぶ。
「アオトさん!!
本体、めっちゃ露出してます!!
ここしかねぇっす!!」
レオンが前を向いたまま言う。
「行け。
……誰よりも届くのは、お前だ。」
アオトは笑った。
「へっ。悪役の特権ってやつだ。」
黒アオトが淡々と続ける。
「殴るぞ、アオト。」
「当たり前だ。」
二つの影が走る。
未完成の正義の化け物へ――
真正面から。
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【次回予告】
第85話
「悪役、感情の塊に“人間の殴り”を教える」**
――「データじゃ理解できねぇだろ?
だったら体で覚えさせてやるよ。」
ちょっと休憩。
「悪役、ヒーローの“健康診断”に巻き込まれる」
──悪役が一番行きたくない場所は、病院でも牢屋でもなく“集団健診会場”だ。
⸺
昼、カフェの仕込み中。
ミレイが封筒を持って走ってきた。
「マスター! これ、ヒーロー管理局から届いてましたよ!」
「は? 俺ヒーローじゃねぇけど。」
「“一部地域協力者への無料健康診断のご案内”だそうです!」
「協力者? 俺いつ協力した?」
「ほら……この前ヒーロー学校で、不審者止めたじゃないですか。」
「あれ協力扱いかよ。」
封筒を開けると、でかでかと印字されている。
《参加しない場合、追加調査が入ります》
「脅迫じゃねぇか。」
ミレイが肩をすくめる。
「まぁまぁ! 健康診断なんてすぐ終わりますよ!」
「お前はいいだろ。俺は悪役だぞ。血圧測ったら警報鳴るタイプだ。」
「鳴りません!」
「鳴るんだよ俺のは。」
⸺
ヒーロー健康診断会場
到着した瞬間、俺は帰りたくなった。
白衣のスタッフ、ヒーロー志望の学生、
現役ヒーローがずらり。
そして何より――
「次の測定、ツバサ・ライトくーん!」
「はいっす!! 見ててくださいアオトさん!!」
……よりによってコイツがいた。
ミレイは手を振る。
「ツバサさん、元気ですね〜!」
「元気の限界突破してんだろあいつは。」
ツバサは握力測定で意味のわからない音を出した。
「“バギィッ!!”ってなんだよ。」
「壊しましたね。」
「壊したな。」
⸺
スタッフが俺を見つけて近寄ってくる。
「あの……ブラックアオトンさんで間違いないですか?」
「本名で呼べ。」
「じゃあ……アオトさん。」
……呼ばれるとなんか負けた気がするな。
「では、採血・体力測定・メンタルチェックをお願いします!」
「悪役のメンタルチェックってなんだよ。落とし穴あるだろ。」
「いえ、普通の質問です。“最近眠れていますか?”とか。」
「あー……眠れてねぇな。」
「ストレスの原因は?」
「ヒーロー。」
スタッフがめっちゃうなずいた。
「なるほど、現場ではよくあるケースです。」
「納得すんな。」
⸺
採血
白衣の女性が優しく言う。
「力抜いてくださいね〜」
「力抜いたら腕から毒出るぞ。」
「出ませんよね?」
「冗談だ。」
本当にちょっとだけ震えたのを見逃さなかった。
⸺
体力測定
ツバサが目を輝かせて寄ってきた。
「アオトさーん! 悪役の全力ってどんな感じっすか!!」
「見せねぇよ。」
「えぇー!!」
うるせぇ。
スタッフが説明する。
「では反復横跳びを――」
「しねぇよ。」
「じゃあ握力を――」
「壊すわ。」
「じゃあ何ならできますか?」
「コーヒー淹れる。」
「測れません。」
⸺
医師面談
白衣の医師がカルテを見ながら言った。
「あなた……健康ですね。」
「つまんねぇ結果出すなよ。」
「ただひとつ。“社会的ストレス値”が異常に高いです。」
「ヒーロー達のせいだな。」
「はい、データ上もそう出ています。」
「やっぱりな。」
ミレイがこっそり笑った。
「マスター、悪役がヒーローにストレス抱えてるって……逆ですよ?」
「知らねぇよ。事実がこうなんだ。」
⸺
帰り道。
ツバサが手を振ってくる。
「アオトさーん! 来年も一緒に受けましょうね!!」
「受けねぇよ。」
ミレイがにこにこ言う。
「でも健康だったのはよかったですね!」
「いや……一番の不健康、今横で歩いてる。」
「え? 私ですか?」
「お前じゃねぇ、ヒーロー全般だ。」
街灯の下で、ミレイが笑いながら言った。
「そういうのを“日常”って言うんですよ、マスター。」
……そうかもしれねぇな。
悪役の健康診断は最低だったが、
帰りのコーヒーは、いつもより少しだけ軽かった。




