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『職業:悪役(たまに正義の相談役)』   作者: よしお


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第83話 「悪役、巨大AIの“本当の顔”を見る」



未完成の巨大AIに二つの拳を叩き込んだ瞬間、

赤光が裂け、内部で“何か”がうごめいた。


アオトは拳を引きながら、

嫌な感触に気づいた。


「……おい、影。今の……分かったか?」


黒アオトはレンズを細く光らせる。


「内部に“別の層”がある。

 今までのコアとは別……

 もっと深い位置に“主制御核”が隠されている。」


セレナが息を飲む。


「えっ……あれ、まだ本体じゃなかったの……!?」


レイが絶叫する。


「こんなの……ボスの腹の中からさらにボス出てくるパターンじゃないですか!!」


黒アオトは淡々と言う。


「その認識で正しい。」


「正しいんかい!!」


巨大AIが、不愉快な音を立てながら形を変える。


ズルリ……

ギチ……バキ……


レオンが険しい表情で言う。


「アオト。

 ……気をつけろ。

 今の揺れ方は“外装じゃない”.

 もっと根本を触ってる。」


アオトは拳を握り、ゆっくり前に出る。


「つまり……本当の本当に殴るべき部分が、

 やっと顔を出してくれたってことか。」


巨大AIは苦しむような、

しかし怒りにも似た叫びを上げた。


その中心に――

“黒い影のような塊”が蠢いている。


レイが叫ぶ。


「なにあれっ!?

 正義のログどころじゃない……!」


セレナはデータを見て凍りつく。


「……そこ……

 “人間の判断データ”じゃない……

 “人間の感情ログ”……?」


シグが眉をひそめる。


「感情……?

 AIにそんなもんあるかよ。」


セレナが震える声で答える。


「AIにはない。

 でも……ヒーロー制度にはあったはずです。

 “評価の数字”

 “市民の怒り”

“失望”

“期待”

“告発”

“嫉妬”……」


アオトは鼻で笑った。


「なるほどな。」


巨大AIの中心の黒い塊が、

ゆっくりと広がっていく。


まるで“人の輪郭”を思わせるように。


黒アオトが言う。


「アオト。

 あれは“社会が生んだ感情の廃棄物”だ。

 正義AIは処理しきれなかった感情を捨てていた。

 それが……集まっている。」


アオトの笑顔が、わずかに消えた。


「……そうかよ。」


巨大AIの内部で声が響き始める。


――ヒーローは守らない。

――誰も助けてくれない。

――悪いのはあいつだ。

――正義のくせに。

――裏切られた。

――信用できない。

――お前は間違ってる。

――処罰されるべきだ。


レイが耳を塞ぐ。


「うわっ……!!

 これ……SNSの罵詈雑言……!?

 ヒーローへの……怒りとか……文句とか……全部……!」


セレナの顔が青ざめる。


「全部……AIに送られていたデータ……

 本来なら捨てられるはずだった“負の感情”が……

 ここに蓄積されてる……!!」


アオトはゆっくりと前に歩く。


「つまり……」


巨大AIの中心で、黒い塊が震える。


まるで“人の形になりたがっている”ように。


アオトは拳を握った。


「てめぇの正体……

 正義でも悪でもなくて……」


静かに言った。


「人間の“文句の塊”ってわけか。」


黒アオトが頷く。


「分類としては……“怨嗟データ”。

 だが、ここまで濃縮されたものは前例がない。」


レイが叫ぶ。


「そんなの殴ってどうにかなるんですか!?」


アオトは笑う。


「文句なんてな……

 言ってるやつより、殴ったやつの方が強ぇんだよ。」


黒アオトは淡々と続ける。


「行くのか、アオト。」


「行くに決まってんだろ。」


巨大AIが膨れ上がり、

黒い核を抱いたまま“人型”へと変わり始める。


骨格が足りない。

形も決まらない。

でも――動こうとしている。


ツバサが空から叫ぶ。


「アオトさん!!

 あれ完全に化け物っすよ!!

 まだ合体途中なのに立とうとしてる!!」


アオトは振り返らずに言った。


「完成する前に……

 殴り倒す。」


黒アオトが横で構える。


「お前の判断に従う。

 行くぞ。」


二つの影が動いた。


巨大AIの“本当の顔”へ向かって。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━


【次回予告】


**第84話


「悪役、化けかけの正義を黙らせる」**


――「完成してから戦うとか……

   正義のやり方だろ?

   悪役は“途中”で止めてナンボだ。」


ちょっと休憩。



「悪役、客が全員クセ者の日に当たる」


──悪役にも、“出勤したのを後悔する日”ってのがある。



昼。

【カフェ・ヴィラン】は、珍しく静かだった。


豆を挽きながら、俺はぼんやりと考える。


(今日は平和だな。コーヒーがちゃんとコーヒーの味しかしねぇ)


ミレイがカウンターの向こうから顔を出す。


「マスター、今日なんかいい日な気がします!」


「その“なんか”って予感、だいたいろくでもねぇんだよな。」


「えっ、褒められてます?」


「呪ってんだよ。」


そんなやりとりをしたちょうどその時。


カラン。


ドアベルが鳴った。



最初の客は、派手なマントを着た青年だった。


胸には自作っぽいエンブレム。

明らかにコスプレ、しかし本人は本気の目。


「ここが……“悪役のカフェ”ですね!」


「違ぇよ。俺は更生中だ。」


「元・悪役のカフェ……!

 実は僕、ヒーロー志望で!」


出たよ、“志望”。


ミレイが目を輝かせる。


「すごい! ヒーローさん! かっこいいですね!」


「まだ“志望”だ。」俺が訂正する。


青年は真剣な顔で、テーブルにノートを広げた。


「相談があるんです!」


「カウンセラーじゃねぇぞ、ここ。」


「ヒーローっぽい決め台詞が全然出てこないんです!」


ノートにはびっしりと候補が並んでいる。


『正義の時間だ!』

『お前の悪はレッドカード!』

『笑顔を守る係、参上!』


……全部二秒で忘れそうだ。


「マスター、どれがいいですか?」ミレイが真顔で聞いてくる。


「どれも“通りすがりの営業トーク”だな。」


青年はショックを受けていた。


「じゃあどうしたら……!」


「決め台詞に頼る時点で、まだ素人だ。

 まずは、無言で殴れるようになってから考えろ。」


「ヒーローなのに!?」


「ヒーローでも悪役でも、“黙って強い”やつが一番やべぇんだよ。」


ミレイが小声で。


「マスター、教え方が完全に“悪の塾長”ですよ。」


「褒めるな。」



青年ヒーロー志望が唸っている間に、

カラン、と二人目の客が入ってきた。


黒い服。黒い帽子。黒いマフラー。

顔色までやたら白い。


「……暗い。」


思わず口から出た。


「コーヒー……一番苦くて重いやつを。」


「棺桶に入れる前の飲み物じゃねぇんだぞ。」


彼は窓際の席に座ると、ノートを取り出した。

さっきのとは別方向でヤバいノートだ。


「詩を書いても……いいですか。」


「店燃やさねぇ範囲でな。」


ミレイがこそこそ聞いてくる。


「マスター、あの人……悪役ですか……?」


「違う。たぶんただのポエマーだ。」


「ポエマー……」


(“悪”より扱いに困る職種だ)


数分後、彼は読み上げ始めた。


「『この街の正義はまばゆすぎて……

 影はみんな……カフェに逃げ込む……』」


ヒーロー志望が反応する。


「なんか深い……!」


俺はカップを置いてつぶやく。


「浅いぞ。」


ポエマーがショックで俯いた。


「ど、どこが……」


「正義も影も、そんな簡単なメタファーで語れねぇ。

 コーヒーが苦いってだけで“人生みたい”って言うタイプだろ、お前。」


「図星です……」


ミレイが困ったように笑う。


「マスター、言いすぎですよ……」


「悪役はオブラート持ってねぇんだよ。」



そこに三人目の客が乱入してきた。


「ちょっとあんた!! この店、ヒーローも悪役も出入りしてるって本当!?」


町内会のおばちゃんみたいな人だった。

エプロンのまま来るな。


「誰情報だ、それ。」


「子どもが言ってたのよ!

 “あそこは危険だけど面白い店”って!」


だいたい合ってるから黙るしかない。


おばちゃんはカウンターにドンと両手をついた。


「うちの地域のヒーローが最近、SNSばっかりで!

 現場に来るの遅いのよ!」


「忙しいんだろ。自撮りするのに。」


「そうなのよ!! そうなのよね!?

 わたしね! そのへんのことを直接ヒーローたちに言ってやりたいのよ!」


ミレイが言う。


「それ、マスター得意そうですね!」


「なんで俺がクレーム代行だ。」


おばちゃんは突然、ヒーロー志望を指さした。


「あんたヒーロー志望なんでしょ!?

 やめなさい、そんなの!」


「えぇぇぇぇ!!?」

志望、即否定されてる。


「ヒーローはね、“人の文句を真正面から聞く職業”なの!

 あんた、聞き流せる耳持ってなさそう!」


「図星です……!」


(全員素直だな、今日)



そして四人目の客が来た。


背の小さい子ども。

マントを首に巻いている。

たぶん、さっきのおばちゃんの孫だろう。


「ここ、“悪役さんの店”でしょ?」


「噂の伝わり方に悪意が混じってんな。」


「ぼく、将来“悪役”になりたいんだ。」


店内全員が一瞬固まった。


ヒーロー志望「えっ」

ポエマー「えっ」

おばちゃん「やめなさい!!」


俺は息をつく。


「なんで悪役になりたい。」


子どもはまっすぐな目で言う。


「だって、ヒーローの人たちいっぱいいるから。

 悪い人足りないでしょ?」


…………。


ミレイが、俺を見る。


(マスター、この子、ちょっとマスターっぽいですよ)


やめろ。



子どもは続けた。


「ヒーローはね、テレビでいっぱい見るけど、

 悪役の人はいつもやられて、すぐいなくなるから。」


「それが仕事だからな。」


「だから。

 “ちゃんと強い悪役”がいないと、ヒーローもつまんないでしょ?」


ヒーロー志望が、なぜか胸を押さえる。


「ぐっ……正論……!」


ポエマーが震えた声で言う。


「正義より……悪の方が、存在理由が……」


「お前は詩を書く前に現実を見ろ。」


おばちゃんが叫ぶ。


「でも悪いことしちゃダメでしょ!」


子どもは考えてから、こう言った。


「じゃあ……“悪役のふり”をする!」


「お前、すでに発想が悪役だよ。」



カオスだ。


ヒーロー志望と、ポエマーと、正義に不満なおばちゃんと、

悪役になりたい子ども。


カウンターの中で、ミレイが笑いを堪えている。


「マスター、今日……すごいですね……」


「俺はもう帰りたい。」


「勤務中です!」



結局。


ヒーロー志望には、

「まずバイトから始めろ。人間相手に疲れる練習しろ」と言い、


ポエマーには、

「詩を書く前に、毎日コーヒー一杯飲んで現実の味を覚えろ」と言い、


おばちゃんには、

「ヒーローの苦情はうちじゃなくて正義局に言え」と追い返し、


子どもには、

「悪役は“役”だ。

 本気で悪くなるな。

 “ヒーローが困るくらい”のいたずらにしとけ」とだけ伝えた。


全員、なぜか満足げに帰った。



閉店後。


椅子に座り込んだ俺に、ミレイがコーヒーを出してくる。


「マスター、おつかれさまです。」


「……俺、なんの店やってんだっけな。」


「“悪役カウンセリング&コーヒー屋さん”ですかね!」


「そんな看板出してねぇよ。」


ミレイは笑う。


「でも、楽しそうでしたよ。

 マスター、ずっとツッコミ止まってなかったです。」


「ストレスだよ、それ。」


カップから立ち上る湯気は、いつも通り。


──こんな日に限って。

コーヒーはやけにうまい。


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