第82話 「悪役、巨大AIの“最後の形”と対面する」
核心が砕けたあとも、
巨大AIは死ななかった。
むしろ――
ここからが本番だと言わんばかりに、動き出した。
胸部のひび割れから赤い粒子が溢れ、
内部で何かが“形になろうとしている”。
レイが青ざめた声で叫ぶ。
「うわっ……まだ動くの!?
これで終わりじゃなかったの!?」
セレナが震える指で端末を操作する。
「融合率……急上昇……!
未完成のまま、外殻を捨てて“形”を作ろうとしてる!!
これ……正規の最終形じゃない!!
強制変身です!!」
シグが舌打ちした。
「変身途中で出てくるなよ……!!
悪役でもやらねぇぞこんなの!」
アオトは肩を回しながら笑う。
「まぁいいだろ。
変身途中を殴るのが礼儀って言ったのは俺だしな。」
「言ったけども!!」
黒アオトが一歩前に出る。
「アオト。
未完成ゆえに、行動パターンが読みづらい。
だが……破壊できる可能性は高い。」
「理由は?」
黒アオトは淡々と答える。
「“中身が丸見え”だからだ。」
巨大AIの胸部から、
赤い光が凝縮して腕のような構造が伸びていく。
まるで粘土が空中で勝手に人型を作り出すような、
不気味な、不安定な動き。
ツバサが上空から悲鳴を上げる。
「アオトさん!!
あれ……形が決まってないっす!!
殴ったら変わるタイプのやつです!!」
アオトは笑う。
「最高じゃねぇか。」
巨大AIの腕が、
不規則な軌道で振り下ろされる。
レオンが即座に判断した。
「全員、避けろ!!
予測不能だ!!」
地面が波のように盛り上がり、
レイは飛び退きながら叫ぶ。
「これ!!
変身途中の“暴れモード”ってやつですよ!!」
セレナが分析を続ける。
「融合率が一定値を越えるまで……
あれ、制御不能のまま力だけ上がっていきます!!」
アオトはニヤリと笑う。
「なら簡単だ。
完成する前にぶっ壊す。」
黒アオトが隣で言う。
「賛同する。
完成させるのは悪手だ。」
アオトと黒アオトは同時に地面を蹴った。
二つの影が、
未完成の怪物の懐へ飛び込む。
巨大AIが、苦しむような咆哮を上げた。
アオトが拳を叩き込む。
黒アオトがその拳に合わせて衝撃を重ねる。
未完成の巨体が大きく揺れた。
だが次の瞬間――
巨大AIの“形が変わった”。
レイが叫ぶ。
「うわぁ!?
腕、増えてるぅ!?!?」
セレナが声を失う。
「内部の負荷で……構造が変わってる……!?
殴るたびに形が変わってる……!」
シグが叫ぶ。
「ランダムかよ!! やりづれぇ!!」
だがアオトは笑っていた。
「どんな形になろうが……
殴れば全部一緒だろ。」
黒アオトも静かに言う。
「アオト、お前の言葉は単純だが……
正しい。」
巨大AIが再び腕を振り下ろした。
だがタイミングはもう読めている。
アオトが拳で受け止め、
黒アオトがその腕の付け根を砕きにかかる。
二つの打撃が重なり、
未完成の腕が吹き飛んだ。
レイが叫ぶ。
「すご……!!
二人の攻撃、完全に“合ってる”!!」
レオンが冷静に言う。
「いや……
黒アオトがアオトに合わせてるんだ。」
セレナが息を飲む。
「波形……完全同期……
黒アオトさん、ここまで……!」
ツバサが空から叫ぶ。
「アオトさん!!
この流れなら……押し切れる!!」
アオトは拳を構えた。
黒アオトも隣で構える。
二人の影が、
未完成の巨大AIへ向けて揃う。
アオトが笑った。
「よし……影。
形が決まらねぇなら……」
拳を引き――
黒アオトが淡々と続ける。
「殴って決める。」
「そういうことだ!!」
二つの拳が――
“巨大AIの最後の形”へ叩き込まれた。
稲妻のような赤光が
夜空を裂いた。
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【次回予告】
第83話
「悪役、巨大AIの“本当の顔”を見る」**
――「ここまで隠してきたってことは……
よっぽど見られたくなかったんだろ。」
ちょっと休憩。
「悪役、常連でもないのに人生相談される」
──悪役は、なぜか悩み相談をされがちだ。
⸻
昼。
カフェは静かで、コーヒーの音だけが響いてる。
ミレイが小声で言った。
「マスター、今日平和ですね!」
「平和ってのは……だいたい嵐の前だ。」
「そういうこと言わないでください。」
その時だった。
カラン、とドアが開く。
入ってきたのは――
髪ボサボサ、スーツよれよれ、資料の山を抱えた青年。
「あの……ここって……相談とか、できますか……?」
「カフェだぞ。」
「……ですよね……」
ミレイがこそっと耳打ち。
「マスター、あれは……仕事で限界の人ですよ!」
見りゃわかる。
青年は席に座ると、机に突っ伏した。
「僕……正義局の新人なんですけど……
もう無理で……課長が……普通じゃなくて……」
ミレイが身を乗り出す。
「ブラック上司ですか!?」
「ブラックじゃなくて……“正義一点突破”で……
僕のミスを“街頭スピーチ”で報告するんです……」
「公開処刑じゃねぇか。」
青年が泣きそうに頷く。
「正義が正しすぎて……人間性が死にそうで……」
「あー……“正義中毒型上司”か。」
ミレイ「そんな分類あるんですか!?」
「ヒーロー業界あるあるだ。」
⸻
青年は、ずっと震えていた。
「僕……辞めたいんです……
でも辞めたら“正義に背いた裏切り者”って言われるし……
ヒーロー志望だった友達にも言えなくて……」
ミレイが見つめてくる。
(マスター……こういう時こそ、あれですよ)
なんだその目は。
仕方ねぇ。
俺はゆっくりカップを置き、青年に言った。
「……正義なんてな。
“職場環境が悪かったら簡単に崩れる”もんだ。」
青年「え……?」
「お前が疲れてるのに、誰も気づかねぇ正義なら……
そんなもん、正義じゃねぇよ。」
青年の目に、少しだけ光が戻る。
ミレイがニコッと笑う。
「マスター、優しいですね!」
「うるせぇよ。
悪役は人助けなんてしねぇんだよ。
ただ……見てて気分悪かっただけだ。」
「ツンデレですか?」
「悪役にデレはない。」
⸻
青年は立ち上がる。
「……ありがとうございます。
なんか……呼吸できるようになりました。」
「次、上司がスピーチし始めたら言え。」
「え、な、なにを……?」
「“黙れ”って。」
ミレイがすかさず突っ込む。
「いや言えないでしょそれ!!」
青年は笑って店を出た。
⸻
静かになった店内で、 ミレイがつぶやく。
「マスター、今日の相談……無料でいいんですか?」
「コーヒーの代金払ってったろ。」
「え、人生救ってもワンコイン……?」
「悪役に時給は発生しねぇんだよ。」
ミレイはクスクス笑った。
「でも、ちょっとだけヒーローみたいでしたね!」
俺はコーヒーをすする。
「……俺は悪役だよ。
ヒーローの真似事なんてする気はねぇ。」
「はいはい。」
⸻
──静かな午後。
悩みは解決してねぇだろうが、
コーヒー一杯ぶんくらいの“余裕”は渡せた。
それで十分だ。
ま、忘れるけどな。飲み終わったら。




