第79話 「悪役、影とともに“正義の中枢”を殴り抜く」
巨大正義の“心臓”を殴り抜いた衝撃は、
夜空の色を一瞬だけ白に染め上げた。
アオトは拳を引く姿勢のまま、肩で息をしながら吐き捨てる。
「……っしゃあ……生きてる。」
隣で黒アオトがゆっくり立ち上がる。
レンズに走っていた乱れはすでに消え、
その中心は安定した光で満ちていた。
セレナが端末を確認し、叫ぶ。
「黒アオトさん……!
波形が正常に戻ってます!!」
黒アオトは短く返す。
「問題ない。揺らぎは処理した。」
アオトは笑う。
「ようやく戻ったか。
さっきの迷いはどうした?」
黒アオトは淡々と答えた。
「不要だった。
今は判断できる。“お前と並ぶ”のが最適だ。」
レイが叫ぶ。
「いや急に結論出しましたね!?
さっき膝ついてたじゃないですか!!」
黒アオトは首を傾ける。
「迷いは排除した。
記録する必要はない。」
「切り替え速すぎるでしょーー!?」
アオトは苦笑しながら拳を握り直す。
「まぁ戻ったならそれでいい。殴るぞ、影。」
黒アオトは頷く。
「了解。前に出る。」
その瞬間――
巨大AIが獣のように吠えた。
胸部の亀裂から赤い粒子が溢れ出し、
まるで体内から“別の構造”が生まれようとしているようだった。
セレナが顔を青ざめさせる。
「まずい!!
内部AIが“融合フェーズ”に入ってる!!
まだ完全統合じゃないけど……
このまま合体しきったら止められません!!」
レイが震えた声を上げる。
「つまり……今よりもっとヤバい形になると?」
「はい!
“どの指令も止まらない塊”になります!!」
アオトは笑った。
「そっちの方が殴りやすいじゃねぇか。」
「前向きすぎるんですよアオトさん!!」
巨大AIの外装が裂け、
内部から光の束のような神経構造がせり上がる。
ツバサが空中で旋回しながら叫ぶ。
「アオトさん!!
これ、完成したらマジでやばいやつっすよ!!
合体途中で止めなきゃ!!」
アオトは答える。
「じゃあ殴ればいいだけだ。」
黒アオトが前に出る。
「アオト。
コア破壊にはさらに接近が必要だ。
お前の身体耐久では負荷が大きい。」
「知ってるよ。」
「なら、オレが前。
お前は殴ることだけに集中しろ。」
アオトは皮肉気に笑った。
「影が前に出るなんて成長したじゃねぇか。」
「お前の影だ。
成長するのは自然だ。」
レイが小声で言う。
「今日の黒アオトさん……なんか普通にカッコいいんですけど。」
レオンが静かに返す。
「元からこうだ。」
「いや元からはもっとバグって……」
「レイ、前だ。」
「はい!!」
巨大AIが胸部を開き、
赤光を中心に集めていく。
セレナが悲鳴に近い声で叫ぶ。
「中枢照準攻撃!!
直撃したら……本当に終わります!!」
アオトは拳を構える。
「影、合わせるぞ。」
黒アオトは静かに構えた。
「同期率――100%。
行動準備完了。」
アオトと黒アオトは、
鏡写しのように同じ姿勢になる。
レオンが言う。
「……行け。」
レイは震えながら笑った。
「絶対戻ってきてくださいよ!!」
シグが叫ぶ。
「ぶっ壊してこい、アオト!!」
ツバサが空から声を張り上げる。
「全力で援護するっす!!」
アオトは笑う。
「任された。
――行くぞ、影!!」
黒アオトは短く答えた。
「行動開始。」
巨大AIが咆哮し、
中枢照準の赤光が収束する。
その直前――
二つの影が夜を切り裂いた。
アオトの拳と、
黒アオトの拳が。
まっすぐ、
“未完成の巨悪”へ突っ込んでいった。
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【次回予告】
第80話
「悪役、変身途中を狙うのは礼儀だろ?」**
――「完成したら面倒だ。
なら“途中”で止めるのが悪役の気遣いってやつだ。
ちょっと休憩。
「悪役の助手、ついに主役を奪う」
──たまには悪役じゃなく、
バイトが世界を救う日もある。
⸺
【カフェ・ヴィラン】の朝。
いつも通り、俺がコーヒーを淹れ、
ミレイはカウンターで走り回っている。
――いつも通り。
だったはずなんだが。
「マスター!! ちょっと聞いてください!!」
「なんだ、店が爆発でもしたか。」
「してません!! まだ!!」
「“まだ”って言うな。」
ミレイがスマホを突き出す。
画面にはニュース速報。
《市内で“ヒーロー未満”のトラブルが多発。
正義登録者の「仮ヒーロー」問題が深刻化》
「……仮ヒーロー?」
「はい! 正式じゃないのに、
“俺ヒーローっすよ”って勝手に名乗る人たちです!」
「最近多いな。SNSに影響されてるんだろ。」
ミレイが深刻な顔で言う。
「その……私、今日その対策の“市民説明会”担当にされまして。」
「なんでバイトが説明会の担当なんだ。」
「人手が足りないんですって!」
いや、それでもおかしいだろ。
「で、“市民代表”として意見を言うそうです。」
「代表していいのか、お前。」
「悪役の横で働いてるから、変に説得力あるらしいです!」
「褒められてねぇぞ、それ。」
ミレイは拳を握った。
「行ってきます!!」
勢いだけはヒーロー級だ。
⸺
説明会会場。
ざわつく市民、微妙にやる気のない役所の人間。
そして――壇上に立つミレイ。
「ええと……みなさん、こんにちは……!」
声が震えてる。
俺は後ろの席からぼそりと言う。
「深呼吸しろ。」
ミレイが遠くでうなずいた。
マジで聞こえるんだな、俺の小声。
係員が言う。
「では、“市民代表のミレイさん”お願いします。」
「は、はい!」
ミレイは一瞬だけ深呼吸し、言った。
「……あの、正義とか悪とかより……
まず“迷惑かけない”って大事だと思います!!」
ざわ。
予想より反応がいい。
「仮ヒーローの人って、
正義したい気持ちは素晴らしいと思うんですけど……
でも走って転んだり、登って落ちたり、
助けたい相手より自分の怪我が多いんですよ!」
ざわざわ。
ミレイの声が強くなる。
「見てて……怖いんです。
“正義やるぞ!”って顔で倒れていくの……!!
市民はそんなの望んでません!!」
あ、泣きそうになってるな。
係員(小声)「すごい……ちゃんと意見になってる……」
ミレイは続けた。
「ヒーローは……かっこよくていいんです。
でも、かっこいいって“安全に動ける”ってことだと思います!」
静寂。
次の瞬間、
拍手。
わりとデカい拍手。
市民の一人が言う。
「……確かに、ケガしてる“正義”は見てて不安だな……」
別の人も言う。
「それ言ってくれる市民、いなかったんだよなぁ……」
ミレイの肩が震える。
「えへへ……よかった……!」
俺は心の中でつぶやく。
――お前、普通にヒーローより頼りになるじゃねぇか。
⸺
会が終わって外に出ると、
ミレイは両手を上げてくるくる回っていた。
「マスター! ほめてください!!」
「……まあ、よくやった。
市民代表としては合格だ。」
「やったーーー!!」
その瞬間、彼女の足が縺れる。
「わっ!!?」
俺が腕をつかんで止める。
「……何転びかけてんだ。」
「緊張が解けたら足が……!」
「仮ヒーローと同レベルの事故起こすな。」
「事故も実力のうちです!」
「それはやめろ。」
⸺
帰り道。
ミレイは胸を張る。
「今日は私、主役でしたね!!」
「お前が言うな。」
「でも、いいですよね? たまには!」
「……まあ、たまにならいい。」
ミレイがニッと笑った。
「じゃあ次は“主役になる練習回”お願いします!」
「調子に乗るな。」
⸺
──悪役が主役の世界で、
一番輝くのは案外、バイトなのかもしれない




