第78話 「悪役、巨大正義の心臓へ殴り込む」
閃光が散り、
大気がひび割れるような余韻を残した。
アオトと巨大AIの正面衝突。
反動で瓦礫が波のように揺れ、破片が雨のように降り注ぐ。
レイが叫ぶ。
「アオトさん!! 今の大丈夫じゃ……ないですよね絶対!」
アオトは荒い息を吐き、笑った。
「無事なわけねぇだろ……。
でも立ってりゃ十分だ。」
巨大AIがゆっくり顔を上げる。
その赤いレンズには、さっきとは違う濁った光が宿っていた。
セレナが端末を睨む。
「ダメ……!
内部AIの再編成が始まってる……!
フェーズ3……強制統合が跳ね上がって――」
ギギギッ……ギチチチ……ッ!
巨大AIの関節が逆に折れるように軋む。
装甲の隙間から赤い光子ラインが走った。
アオトは笑う。
「まだ余力あんのかよ。
いいじゃねぇか……殴りがいがある。」
巨大AIが地面を踏み鳴らす。
ドォォンッ!!
瓦礫が跳ね、地面が波打つ。
シグが叫ぶ。
「散開しろ!! 攻撃が速くなってる!!」
レオンは小型銃を構え、静かな声で言った。
「アオト、前に出すぎるな。」
アオトは鼻で笑う。
「殴りに行ってんだ。出るに決まってんだろ。」
レオンは短く息を吐いた。
「……だろうな。」
それでも、レオンは自然とアオトの横に立つ。
二人が並ぶ位置は、いつも変わらなかった。
巨大AIの腕が千切れるような速さで振り下ろされる。
ザシュッ!!
地面が割れ、破片が飛ぶ。
アオトが紙一重で飛び退き、レオンの弾丸が関節部へ吸い込まれた。
金属を割く鋭い音――カンッ!
セレナが叫ぶ。
「効いてる!! 可動制御が乱れてる!!」
アオトは横目で笑った。
「こういうときだけ頼りになるな、お前。」
レオンは視線を前に向けたまま、静かに言う。
「いつもだ。」
アオトはため息をつく。
「……はいはい。そういうことにしとく。」
巨大AIの胸部装甲が、
“歪むように”開き始めた。
中から赤い光が脈打つ。
レイが青ざめる。
「腹部コア!! 撃ってくる!!」
光が収束する――その直後。
「スパークさーーん任せたっす!!」
上空からツバサの声が落ちてくる。
光の軌跡が一直線に突き刺さり、
ツバサの蹴りがコアを揺らして照準を逸らした。
レイの雷撃が続く。
「合わせたよツバサ!!」
ツバサが笑う。
「ナイスっすスパークさーーん!!」
逸れた光線は街外縁で爆散した。
戦場に、ほんの一瞬だけ“押し返せる空気”が生まれる。
シグが叫ぶ。
「今しかねぇ! 距離詰めろ!!」
レイが頷く。
「ここで押し切る……!」
ヒーローたちは互いに目配せし、
自律的に散開して突っ込んでいく。
アオトはその背中を見て、少しだけ笑った。
「勝手に動いてくれると楽でいいな。」
レオンは淡々と言う。
「指揮は向いてない。」
「分かってるよ。」
「ならいい。」
巨大AIの胸部が、さらに大きく開いた。
多重構造の赤いコアが、まるで心臓のように脈動する。
アオトは拳を握りしめる。
レイが慌てて叫ぶ。
「アオトさん!! 本気で正面から行く気ですか!!?」
アオトは笑って答えた。
「そこ殴らねぇと意味ねぇだろ。」
レイがひるむ。
「危険すぎますって!!」
レオンが静かに言う。
「止めるな。
……行かせてやれ。」
レイが振り返る。
「レオンさん……!」
レオンは視線を前から外さない。
「アイツは……こういう芯に殴り込むために生きてる。」
その言葉には、説明ではなく
長年そばにいた者だけが持つ“温度”があった。
アオトは地面を蹴った。
壊れかけた身体に、さらに負荷をかけて前へ走る。
そのとき――
背後で金属が崩れ落ちる音。
黒アオトが片膝をついていた。
レンズが震え、声が乱れる。
『ワタシ……オレ?……は……
どちら……側に……立つ……?』
セレナが叫ぶ。
「まずい!!
黒アオトさんの波形が乱れてます!!
“選択不能状態”!!」
シグが怒鳴る。
「影!! 今止まんな!!」
アオトは一瞬だけ影を見た。
そのレンズには迷いがあった。
アオトは呆れたように笑う。
「迷ってんなら……
最初から“選べ”なんて言ってねぇよ。」
巨大AIのコアが
アオトひとりに照準を合わせる。
アオトは叫んだ。
「影!!
迷うなら――オレに合わせろ!!
お前の迷いごと全部まとめて、正義の心臓にぶち込む!!」
黒アオトのレンズが震え、
赤黒い光が宿る。
『……合わ……せる……
アオト……
オレは……“お前の影”だ……!!』
影が立ち上がる。
アオトは笑って叫ぶ。
「よし……来い!!」
巨大AIのコアが閃光を放つ。
アオトと黒アオトが並び、
同じ軌道で突っ込む。
二つの影。
ひとつの狙い。
そして――
二つの拳が
巨大正義の“心臓”へ叩き込まれた。
轟音が夜を裂き、街が震えた。
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■次回予告
第79話「悪役、影とともに“正義の中枢”を殴り抜く」
――「影が迷うなら、俺が決めてやる。
悪役ってのは、そういう立ち位置だろ?」
ちょっと休憩。
「悪役、迷子のヒーローを保護する」
──悪役にも“保護すべき生命”が存在する。
それは、迷子のヒーローだ。
⸻
昼の【カフェ・ヴィラン】。
ミレイが窓の外を指差した。
「マスター、あれ……なんか変な人歩いてません?」
「変な人は毎日歩いてるだろ。」
「違いますって! ほら、あれ!」
見ると――
マントひきずって歩く幼児みたいな体格のヒーローがいた。
いや、幼児じゃなかった。
スーツだけ立派で、中身が完全に迷ってる若手ヒーローだった。
カフェの前でピタッと止まり、
“助けてください”って顔で俺を見る。
……なんで俺を見る。
⸻
ドアがそぉっと開く。
「……あの……ここ、ヒーロー本部ですか?」
ミレイが吹き出す。
「違います! どう見ても喫茶店ですよ!?」
俺は腕を組む。
「お前、迷子か?」
「ヒーロー名……《シルバー・パップ》です……
今日が初任務で……その……道に迷いました……」
ミレイが囁く。
「パップって……子犬の“パピー”のパップですよね?」
「ああ、名前からして迷子だな。」
⸻
「で、なんでここに?」
「先輩たちを追ってたら……
気づいたら通行人の方に“迷子ステッカー”貼られまして……」
ミレイが腹抱えて笑う。
「迷子ステッカーって何!?」
「最近の市民、ヒーローを保護動物みたいに扱ってるからな。」
パップは泣きそうだった。
「ぼ、僕……もうどうしたら……」
「……座れ。水飲め。落ち着け。」
⸻
事情を聞くとこうだった。
・初任務
・張り切って現場へ向かう
・先輩ヒーローが早すぎてついていけない
・追ってるうちに街の反対方向へ
・気づけば【カフェ・ヴィラン】前
「……お前、ヒーロー向いてねぇだろ。」
「向いてないって言わないでください!!」
ミレイが励ます。
「大丈夫ですよ! まずは方向音痴を治しましょう!」
「ヒーローの根本から崩れてるな。」
⸻
そこへ店のドアが開く。
「マスター、来たぞ!新作の――」
入ってきたのは常連客のヒーロー。
パップを見て固まる。
「……お前、なんでここに?」
パップも固まった。
「せ、先輩~~~~!!
ずっと探してたんです~~!!」
いきなり泣きつくパップ。
先輩ヒーローは土下座する勢いで言った。
「マスター本当にすみません!!
この子、新人中の新人で……
地図アプリに“勢いで任務場所へ”って入れて迷子に……!」
「そんな入力項目ねぇだろ。」
⸻
俺はパップに言った。
「ヒーロー続けたいなら三つ覚えろ。」
「三つ……?」
指を立てる。
「①地図を読め
②走る前に方向を確認しろ
③困ってもカフェに逃げるな」
ミレイが笑う。
「最後の必要でした?」
「必要だ。悪役の貴重な静寂が死ぬ。」
パップは涙目で頷いた。
「……覚えます。絶対覚えます……!!」
先輩ヒーローが肩を押さえる。
「よし行くぞパップ!迷子ヒーロー卒業だ!」
「はい先輩!!」
⸻
二人が去っていく背中を見ながら、ミレイが言った。
「マスター、今日もまた一人、ヒーローを救いましたね。」
「救ってねぇ。
迷子のヒーローを外に出しただけだ。
二度と道を間違えなきゃそれでいい。」
「マスター、優しいです。」
「違う。俺は悪役だ。
ヒーローの迷子対応なんて仕事じゃねぇ。」
「……またツンデレ。」
「誰がだ。」
⸻
──悪役は、迷子のヒーローまで面倒を見る。
この街が平和すぎるのが悪い。
(いやヒーローのポンコツ率が高いだけだ)




