第8話 ヒーロー婚活パーティー、運営スタッフが全員悪役だった
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「……なんで俺が婚活イベントのスタッフやってんだ。」
控室で名札をつけながら、俺――ブラック・アオトンはため息をついた。
名札にはこう書かれている。
《ヒーロー婚活パーティー運営スタッフ:アオト》
そう、今日は“ヒーロー限定婚活イベント”の運営サポート。
主催は管理局。
「ヒーローの社会的孤立を防ぐ」とかいう真面目そうな名目だが、
裏ではスポンサー向けの“イメージアップ企画”らしい。
……ああ、くだらねぇ。
しかも、他のスタッフを見ると、全員が“悪役か元悪役”。
ゾンデ伯爵(元・爆破怪人)に、毒霧のミストレディ、その他数名に、なぜか俺。
「悪役ばっかで運営していいのか、これ。」
「だってヒーロー相手のイベント、トラブル処理慣れてるの私たちだけでしょ?」
ミストレディが肩をすくめる。
「ま、確かに。」
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パーティーが始まる。
男女比は見事に偏っている――
ヒーロー男:7割、ヒーロー女:2割、一般職:1割。
「ヒーロー同士の恋愛は禁止」なんて時代もあったが、
今じゃそれもビジネス。
司会の声が響く。
「それでは――“正義も恋も、勇気から!”ヒーロー婚活スタートです!」
……スローガンがうるさい。
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会場の隅で、俺は運営用のモニターを見ながら苦笑する。
「うわ、ほとんどが名刺交換タイムでバトル化してるぞ……」
「“この街を守るのは俺だ!”とか言いながらアピールしてますね。」
「恋愛じゃなくて縄張り争いだな。」
そんな中、ひときわ静かな女性が目に留まった。
黒髪ショートに、落ち着いたスーツ姿。
名札には《元・支援ヒーロー:セイナ》。
彼女はずっとドリンクを手に、誰とも話していなかった。
気になって、俺はそっと声をかける。
「楽しんでるか?」
「……ええ、まあ。“正義の競い合い”を見るのも勉強になりますね。」
「皮肉がうまいな。俺と同類か?」
「ふふ、かもね。あなた、悪役でしょう?」
「見抜くの早いな。」
「昔、あなたに“倒された”ことあるから。」
俺は一瞬固まった。
彼女が静かに微笑む。
「でもね、あの時――“君の正義は綺麗すぎて壊れそうだ”って言われたの、今でも覚えてる。」
……やべぇ、そんなこと言った覚えないのに、かっこいいことになってる。
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会場では、ヒーローたちの議論が白熱していた。
「正義とは誠実さです!」「いや、筋肉です!」
「推しマーク統一してるヒーローは偽物だ!」
――婚活どころじゃない。
俺はマイクを取り、強制的に締めに入る。
「はいはい、そこまで! みんな立派な正義を持ってるのは分かった!
でもな、今日ぐらい、“守る”より“寄り添う”練習しろ!」
一瞬の沈黙のあと、会場に笑いが起こった。
「……悪役に諭されるヒーロー、って構図、面白いね。」
セイナがそう言って笑った。
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イベント終了後。
片付け中、セイナが俺の隣に立った。
「あなた、今も“悪役”やってるの?」
「まあ、仕事だしな。」
「じゃあ、今度お茶でもどう? 悪役の話、もう少し聞きたい。」
「おいおい、俺、悪役だぞ?」
「だからいいの。正義ばっかり見てると、息が詰まるから。」
……なるほど。
そういう需要も、まだこの世界にはあるらしい。
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夜。
イベント会場を出ると、街の看板に光る言葉があった。
《ヒーローと悪役、どちらも社会を支える存在です。》
俺は缶コーヒーを開けて、ぼそっとつぶやいた。
「……恋も、正義も、バランスだな。」
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次回:
第9話「ヒーロー保険会社、クレーム対応に悪役投入される」
「“瓦礫でスーツが汚れた”って保証対象? ヒーロー業界、細かすぎる!」




