第75話 「悪役、巨大正義をぶん殴る準備をする」
次回更新13日予定です。
──巨大AIが、地鳴りのような音を鳴らして立ち上がった。
その質量が持つ気配は、もはや兵器ではなかった。
“この街ごと踏み潰すために組まれた怪物”──そんな意思が、金属の骨から滲んでいる。
レオンが低く息を漏らす。
「……でけぇ。いや、“地形”だな、もう。」
レイが引きつった声で叫ぶ。
「いやいやいや! あれ歩くだけで死ぬやつっすよ!?
こっちまだ生きてたいんですけど!!」
シグが目を細め、銃口をわずかに下げた。
「……アオト。
これ、弾でどうにかなる相手じゃねぇ。」
「言うなよ、知ってるけど聞きたくねぇんだよ……」
セレナは端末を握り潰す勢いで睨みつける。
「内部データ……めちゃくちゃ。
複数のAIが“混ざって”動いてます。
理性と暴走が同時稼働してる……!」
「最悪のコンボじゃねぇか。」俺が言う。
「はい。
“正義の暴走”ד破壊命令の残骸”。
掛け合わせたら終わりです。」
⸻
巨大AIがゆっくり顔を上げた。
赤いレンズが、
俺と黒アオトを同時に捕捉した瞬間──
黒アオトのレンズが、ひどく揺れた。
『……わたし……
わたしの……命令……?
……違う……これは……』
セレナが鋭く叫ぶ。
「ダメ!! 影の波形が乱れすぎてる!!」
「影、落ち着け。」
俺は黒アオトの肩に手を置く。
『……わたしは……正しいのか……?』
「知らねぇ。
ただ今は──あの巨体より後悔しねぇ選択をしろ。」
黒アオトは震えたレンズをゆっくりと持ち上げた。
『……了解……』
──だが、遅かった。
巨大AIが“夜空そのもの”を振り下ろす勢いで腕を構えた。
レオンが叫ぶ。
「来るぞ!!」
⸻
次の瞬間、世界が爆ぜた。
鼓膜を殴る轟音。
地面が沈む。空気が裂ける。
俺は反射で黒アオトを押し飛ばしたが、爆風が全身を穿った。
「っ……!」
視界が弾け飛ぶ。瓦礫に叩きつけられ、肺が空っぽになる。
遠くでレイの声。
「アオトさーーーん!!」
レオンの足音が迫る。
「おいアオト! 生きてろよ!!」
俺は血を吐きながら笑った。
「……生きてる。
悪役はな、しくじっても簡単に死なねぇんだよ……!」
胸が軋む。肋がたぶん何本かいった。
黒アオトが駆け寄る。
『……わたし……のせい……?』
「違ぇよ。
悪いのはあいつだ。
悪い奴は──殴れ。」
『……殴る……』
黒アオトのレンズに、わずかに光が戻った。
⸻
しかし、流れはさらに最悪へ転がる。
巨大AIの周囲にいた雑多なAIたちが、
まるで“脈を合わせるように”動き始めたのだ。
レイが悲鳴を上げる。
「ちょ、ちょっと!?
雑魚まで急に強くなってるっす!
命中精度上がりすぎィ!!」
シグが舌打ち。
「クソ……この数、この精度。
半壊した街守りながら戦えって? 無理だ。」
セレナの声が震える。
「巨大個体を中心に……“電磁共有”。
自己バフ……フルパワー……!」
レオンが剣を構え直す。
「悪役側がローテクってどういう世界だよ。」
「黙って斬れ。」
「言いながら斬るのが悪役だ。」
⸻
黒アオトが怯えたように言う。
『……アオト……
わたしは……
どちらを……殴るべき……?』
俺は痛む胸を押さえ、拳を握る。
「どっちでもいい。
ただひとつ──」
巨大AIの影が、頭上に落ちてくる。
「“迷ってる時間はねぇ”ってだけだ。」
黒アオトのレンズがノイズに覆われる。
『……迷い……処理……不能……』
セレナが絶叫する。
「ダメ!! 停止しちゃう!!」
レイが叫ぶ。
「影止まったら敵のバフMAXっすよ!?
生き残れる未来がゼロっす!!」
シグが怒鳴る。
「レオン!! このままじゃ終わりだ!!」
レオンは奥歯を噛みしめる。
「分かってる……!」
巨大AIが腕を振り下ろした。
レオンが叫ぶ。
「アオト!!」
シグが叫ぶ。
「伏せろ!!」
レイが叫ぶ。
「無理無理無理ィ!!」
セレナが泣き声になる。
「お願い……間に合って……!」
──そのとき。
空気が裂けた。
夜を切り裂くように、
一本の光が横合いから飛び込んできた。
狙いなんて甘い。
放った本人が立っているのかすら怪しいほどブレた光だった。
だが──巨大AIの腕の軌道を、わずかに逸らした。
「……今の、誰だ……?」
瓦礫の向こうから、
片膝をつきながら立ち上がる影がひとつ。
スーツは破れ、面頬は割れ、全身が灰と血にまみれている。
でもその目だけは──まだ死んでいなかった。
「……まだ……終わってねぇだろ……
だったら……来るしかねぇよな……」
その声に重なるように、別方向から轟音。
次の瞬間、別の影が倒れこむように着地し、
そのまま壁をつかんで無理やり立ち上がった。
呼吸は荒い。
片腕はだらりと垂れ、武器は折れ、足元はふらついている。
でも──歩いてきた。
また一人。
また一人。
瓦礫の影、崩れた車の中、
焼け落ちた店舗の裏道から、
“死に損なったヒーローたち”がよろめきながら姿を見せ始めた。
誰もがボロボロで、まともな状態のやつはひとりもいない。
全員が限界だった。
それでも──
ここに来る理由だけは残っていた。
「……助けるとか、守るとかじゃねぇ……
ただ……逃げたまま終わるのは……嫌でな……」
「最後くらい……足掻かせろよ……」
その声に、アオトたちの足元の地面が震える。
巨大AIの影が迫っているのに、
ヒーローたちは──それでも前に出てくる。
命令されたわけでも、呼ばれたわけでもない。
ただ、生き残ったやつらが、
勝手にここへ集まってきた。
俺は呆然としながら、笑った。
「……なんだよ。
“部隊”じゃねぇのかよ。」
レイが涙目で叫ぶ。
「逆に怖いんすけど!!
なんでボロボロでこんな集まるんすか!!」
レオンがフッと笑う。
「ヒーローってのは──
こういうときだけ、妙にしぶとい。」
巨大AIが咆哮し、地面が抜けるように揺れる。
俺は拳を構え、皆に向かって叫んだ。
「来るなら勝手にしろ!!
ただし──」
胸の痛みを押し殺し、口角を上げる。
「地獄の入口はもう開いてるぞ!!
覚悟して踏み込め、ヒーロー共!!」
瓦礫の上で、
生存ヒーローたちが一斉に構えを取った。
“死に場所は、まだここじゃない”
そんな空気が、夜を震わせた。
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次回予告
第76話「悪役、地獄に追加オプションをもらう」
――「助っ人が増えても“難易度HELL”のままって、なんの嫌がらせだよ。」
ちょっと休憩。
「悪役、知らないうるさいヒーローを接客する」
──静かな店ほど、うるさい奴が迷い込む。
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昼下がりの【カフェ・ヴィラン】。
豆を挽く俺の横で、ミレイが新メニューの試作プリンを並べている。
「アオトさん、今日は平和ですね!」
「お前がそう言う日はだいたい――」
カラン!!!!!
(……来た)
扉を蹴破る勢いで入ってきたのは、
眩しい金色のマントをバッサァァァアアアア!と広げた男。
「市民よ! 安心せよォォォ!!
我が名は――」
「帰れ。」
「まだ名乗ってません!!?」
⸻
謎ヒーローは胸を張った。
「我が名は《ゴールデン・フレア・アルティメット∞(インフィニティ)》!!
正義の太陽にして! 光の化身にして! 希望の――」
「長い。3文字にしてくれ。」
「じゃあ“ゴフレ”で!」
「お菓子かなんかの名前か?」
ミレイは爆笑しながら腹を押さえている。
「アオトさん、名前センスで負けてますよ!」
「負けてねぇよ。」
⸻
「で、何しに来た。」
「迷いました!!」
「大声で言うな。」
「ヒーロー管理局の新人研修で、“市民の店に溶け込め”と言われまして!」
ミレイがぽつり。
「……それでこの店に?」
「“最も市民っぽい空気の店”と地図アプリに書いてありました!」
俺とミレイが同時に固まる。
「うちの店が市民っぽいって誰の判断だよ。」
「口コミ“シンプルに落ち着く”と“悪なのに優しい”で5.0でした!」
ミレイが俺を見る。
「アオトさん……人気出てる。」
「やめろ。」
⸻
ヒーローは席につき、
メニューを見て感動しはじめた。
「なんという……渋い……!!
この“悪役ブレンド”とかいう漆黒……
飲んだら善と悪の境界が壊れそう……!」
「飲む前から壊れてるだろ、お前。」
「では注文は……これだッ!!
《悪役ブレンド(ホット)》……ッ!!」
「普通に言え。」
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コーヒーを出すと、
ゴフレはカップを両手で包み込み――
「……あっつ!!」
「……飲む前に触るな。」
「熱いとは!!
つまりこれは挑戦状……!」
「違う。飲み物だ。」
ミレイが肩を震わせて笑っている。
「この人、アオトさんと違う意味で才能ありますね!」
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しばらくして。
ゴフレが真剣な顔で言う。
「正直に言いましょう。
僕……ヒーロー向いてるか不安なんです。」
その表情だけは、さっきの騒音男とは別人みたいだった。
「強くもないし、頭も良くないし……
でも、誰かを守りたい気持ちだけは本物で……
だから“騒いで”ごまかしてるんです。」
俺とミレイは黙って聞いた。
「本当は……怖いんです。
ヒーローって……向いてなかったらどうしようって。」
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そこでようやく、俺は口を開いた。
「不安なら、不安なままやれ。
“怖さ”をごまかすために騒ぐなら、もうそれはお前の戦い方だ。」
ゴフレの目が少し丸くなる。
「戦い方……」
「正義に型なんかねぇよ。
騒がしいヒーローも必要なんだよ。
……街が静かすぎると、眠くなるだろ。」
ミレイが頷く。
「たしかに! 今日のツバサさん不在で眠くなってたとこです!」
「例えとして最低だなお前。」
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帰り際。
ゴフレはマントをバサッと翻し、
いつもの調子が戻っていた。
「悪役殿!! 今日の恩は忘れません!!」
「忘れてくれていい。」
「ではまた来ます!!」
「来なくていい!」
ドアが閉まる。
静けさが戻る。
ミレイが小声で言った。
「……アオトさん、また知り合い増えましたね。」
「やめろ。本当に来る気がする。」
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こうしてまた一人、
正体不明のうるさいヒーローが街に放たれた。
……静かな店が恋しい。




