第74話 「悪役、影の答えを待ちながら殴り続ける」
──戦場の音が、変わった。
鉄の衝突音ではない。
AI同士の通信ノイズが、
まるで“何かを探す獣のうなり声”みたいに響いてきた。
セレナが眉を寄せる。
「……まずいです。
制御塔からの命令……“統一”され始めています。」
レオンが敵を払いながら問う。
「統一って……もっと悪化すんのか?」
「はい。
バラバラに暴れていたものが、
今、一つの意志みたいに“形になりかけてる”。」
レイが青ざめる。
「やべぇって、その説明!!
怖すぎません!?」
シグが銃を構え直す。
「つまり……数じゃなくて“質”が上がるってことか。」
「簡単に言えば……そうなります。」
セレナの声は淡々としていたが、
その端にわずかな緊張が混じっていた。
俺は息を吐く。
「壊れた正義が、
まとめて“悪役ごっこ”を始めたってか。」
レオンが笑う。
「お前の“悪役”と一緒にすんな。」
「いや、あいつらのほうが素直に悪そうだぞ。」
「それはそう。」
⸻
空が低く鳴った。
黒アオトの周囲で、AIたちの動きが揺れる。
そのレンズは、まるで黒アオトの“決断”を待っているようだった。
黒アオトは、拳を握りしめたまま呟く。
『……なぜ……
わたし……に……反応……する……?』
セレナが素早く返す。
「あなたの波形が……
ここの“元データ”だったからです。」
黒アオトのレンズが揺れる。
『……元……データ……?
わたし……が……
“正義”の……基準……?』
レイが叫ぶ。
「えぇー……!
なんすかその設定!!
怖すぎるんですけど!!」
レオンがきつく言う。
「影、お前が揺らいでる限り、敵はまとまる。
選べ。今はそれだけだ。」
黒アオトは震える。
『……わたし……は……
どちらに……立つ……べき……?』
俺は拳を握り、前を向いた。
「決めるのは後でいい。
今は――目の前の脅威を殴れ。」
『……殴る……
後悔……しない……方……?』
「そうだ。」
黒アオトのレンズが、
ほんの一瞬だけ、決意の色に変わった。
『……了解……』
一歩。
だが確かな一歩。
影が前へと動く。
⸻
その瞬間、
空から“異音”が降ってきた。
レイが震える。
「……え、今の音、なんですか……?
AIの音じゃないですよね……?」
セレナの顔色が変わる。
「違います……これは“融合音”です……!」
レオンが眉をひそめる。
「融合……?」
シグが鋭く息を吸う。
「まさか、おい……
バラバラだった奴らが……“合体”してんのか?」
「合体て……戦隊ロボかよ!!!」
レイが叫ぶ。
俺は空を見上げた。
鉄の断片が、
AIの残骸が、
まるで磁場に吸われるみたいに一箇所へ集まり――
巨大な影を形作っていく。
「……おいおい。」
俺は呟いた。
「“正義の亡霊”が本気出してきやがった。」
巨大AIの目が、
赤く一閃した。
⸻
セレナが叫ぶ。
「全員、下がって!!」
シグが怒鳴る。
「レオン! 左!! 若いの、上!!」
「若いの辞めてくれません!?」
レイが泣きそうになる。
俺は地面を蹴った。
「影!! 来い!!」
黒アオトが答える。
『……殴る……
後悔……しない……脅威……』
拳を構え――
『――前方、巨大個体……!
優先順位……最上位……!』
「そうだ、それでいい!」
レオンが刃を構える。
シグが銃口を向ける。
レイが雷撃を集める。
セレナが後方で支援陣形を組む。
そして俺は――
「殴るぞ、影。
正義の亡霊全部まとめて、
今ここで叩き潰す。」
巨大AIの咆哮が、夜を裂いた。
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次回予告
第75話「悪役、巨大正義をぶん殴る準備をする」
――「悪役が本気出す時ってのはな……
大体、正義がはしゃぎすぎた時だ。」
ちょっと休憩。
「悪役、町内会の祭りに巻き込まれる
──悪役をやってて一番怖いのは、正義より“町内会”だ。
⸺
昼の【カフェ・ヴィラン】。
ミレイがポスターを持ってきて、
なぜかキラキラしていた。
「アオトさん! これ出しましょう!!」
「なんだそれ。」
「町内祭り“区民フェスタ”です!!!」
……嫌な予感しかしねぇ。
「で、うちが何をするって?」
「屋台です! コーヒー屋台!!」
「悪役が祭りに出るわけねぇだろ。」
「でも区長さんが“ぜひ出てください”って来たんですよ?」
「……なんでだよ。」
「『あそこは味がいい。悪でも参加してくれ』って。」
悪でも参加してくれ。
俺の肩書き雑すぎねぇか。
⸺
当日。
区民フェスタ会場。
色とりどりの屋台が並び、
正義ポイントの出張ブースまである。
俺は渋々、屋台の前に立った。
ミレイはやる気MAXだ。
「祭りってテンション上がりますよね!!」
「お前だけだ。」
「ほら見てください! 隣の屋台、ヒーロー金魚すくいですよ!」
見れば、ヒーロー3人が金魚の池を囲んでいた。
子どもがすくおうとすると、
ヒーローがそっと水流を調整して金魚を取りやすくしている。
……優しいけど、それもう反則だろ。
⸺
そんな中、
俺の屋台の前に1人の青年が立った。
やけに真剣な顔。
「……ブラックアオトンさんですよね?」
いきなりその名を呼ぶな。
「店ではアオトだ。で、何の用だ。」
「こ、このコーヒー……“悪役ブレンド”ください!」
ミレイがニッコニコで渡す。
「はいどうぞ!」
青年は一口飲んで、
目を見開いた。
「……か、かっこいい味だ……!」
「どんな感想だよ。」
「悪って……渋くて……深みがあって……大人って感じで……!」
「お前の語彙がひどい。」
ミレイはくすくす笑う。
「でも売れてますよアオトさん!」
「売れるほど面倒が増えるんだよ。」
⸺
騒がしいと思ったら、
ステージではヒーローショーが始まっていた。
「悪役を倒せー!!」
……俺の方向を見るな。
ミレイが肘でつつく。
「ほらマスター、子どもが“悪だ〜!”って指さしてますよ!」
「うるせぇ。無害な悪だ。」
⸺
屋台は盛況だった。
だが――事件は起きた。
突然、正義ポイントの抽選ブースが騒ぎ始めた。
「この機械、エラー出てるぞ!?」「ポイント消えた!?」
ヒーローたちが慌てふためく。
ミレイが俺を見た。
「マスター、あれ……どう見ても壊れてます!」
「見るからに壊れてる機械を直すのは悪役の仕事じゃねぇ。」
「でも困ってる人が……!」
……またそれか。
結局、機械の前まで行くと、
ヒーロー職員が泣きそうになっていた。
「ど、どうしよう……これ今日だけで百件目の苦情が……!」
触ってみると、
ただの排熱不良だった。
「裏のファンにガム詰まってる。取りゃ治る。」
「えっ……えっ!? そんな理由だったんですか!?」
「苦情の大半はしょうもねぇ理由だ。」
ガムを取る。
機械が復活する。
群衆が歓声をあげる。
「助かった……!」「やっぱりヒーローだ!」
……俺ヒーローじゃねぇけどな。
ミレイが耳元で囁いた。
「アオトさん、なんか……感謝されてますよ?」
「悪役が感謝されるとろくなことがねぇ。」
⸺
夕方。
祭りが落ち着いたころ。
区長が俺の肩を叩いてきた。
「アオト君! 来年もぜひ出店してくれ!」
「断る。」
「じゃあ今日の売り上げは寄付に――」
「断る。」
ミレイだけが満面の笑みだった。
「また出ましょうねアオトさん!!」
「……お前が勝手に承諾するからこうなるんだ。」
「楽しかったじゃないですか!」
「……まあ、悪くはなかった。」
「えっ今なんて言いました!?」
「聞くな。忘れろ。」
⸺
──正義より厄介なのは、
祭りのテンションだ。
俺はコーヒー豆が減った袋を見ながら、
次の仕入れを考えていた




