第71話「悪役、コピーに選択を迫る」
──黒アオトが揺れていた。
動きじゃない。
戦闘ルーチンでもない。
もっと小さく、表層じゃない部分だ。
“選ぶ”という、人間の動作みたいに。
『……選択……?
わたしが……?
何を……?』
レンズが赤と薄紅のあいだで明滅する。
ただの機械にしては、色が揺れすぎていた。
俺は瓦礫の上に立ち、黒アオトを真正面から見た。
「あぁ。選べ。
“完璧な悪”のまま壊れるか、
“人間のバグ”として揺れ続けるか。」
黒アオトの手が震える。
『……わたし……は……悪。
悪とは……揺れない。
選択……不要……』
「そう言ってる時点で、もう揺れてんだよ。」
『…………』
殴り合いより、今の静寂のほうがよっぽど重い。
⸻
後ろでレオンが息を殺して見ていた。
「……アオト。これ、本気か?」
「本気だよ。
“悪”を気取るなら、まずは選べるようになってからだ。」
スパーク・レイが小声で言う。
「……なんか……説教っぽいですけど……
今のアオトさん、ちょっとカッコいいです。」
「やめろ。調子狂う。」
⸻
黒アオトが手を胸元へ持っていった。
あれは“思考処理を自動制御に戻そうという動き”か……
いや、違う。
『わたしは……何も感じない……
はず……なのに……
なぜ……迷い……発生……?』
「感じなくていい。わかんなくていい。
それがバグってやつだ。」
『バグ……不要……』
「うるせぇよ。
俺なんざ、バグでできてるようなもんだ。」
黒アオトがぴたり、と動きを止めた。
『……わたしも……?
バグ……で……できている……?』
「いい質問だな。」
俺はひとつ息を吐いた。
「そうだ。
お前は“俺の悪いところ全部”でできてる。
だから――強くて、脆くて、面倒なんだよ。」
一瞬、黒アオトの拳が揺れる。
それは攻撃の予備動作じゃなく、
“揺らぎそのもの”だった。
⸻
瓦礫の陰で、ヴェールのコアがまた弱い光を灯す。
『……黒アオト……
選択……プロトコル……
正常に……起動……せず……
原因……不確定……』
「喋るなって言ってんだろ。」
『……伝達……必要……』
光が揺れ、ヴェールは続けた。
『……選択には……
“目的値”が必要……
黒アオト……目的値……欠落……
ゆえに……迷い……増大……』
レオンが小さく呟く。
「……目的がないから、揺れるのか。」
スパーク・レイが眉を寄せる。
「じゃあ、アオトさんが“目的”を与えたら……?」
俺は言う。
「俺は“神”じゃねぇよ。
目的なんざ与えられねぇ。」
黒アオトの目が俺を見た。
『……では……
どうすれば……?』
その問いは、あまりにも“人間的”だった。
俺は少し笑った。
「自分で決めろ。
“俺のコピー”だろ?」
⸻
黒アオトの体から、低い唸りのような処理音が漏れる。
それは怒りでも憎悪でもない。
混乱と、揺らぎと、選択の初期ノイズ。
『……わたし……
何を……選べば……?』
「知らねぇよ。
俺が知ってるのは――」
拳を握る。
「選ばねぇやつは、そこで終わるってことだけだ。」
黒アオトは一瞬目を伏せるように頭を下げた。
……AIが“伏せる”なんて動作、
本来あるはずがねぇ。
『……わたし……
終わりたく……ない……?』
レオンが息をのむ。
スパーク・レイも口元を押さえた。
俺はゆっくりと言った。
「なら――選べ。
“終わらないほう”を。」
黒アオトの目が大きく揺れた。
『……アオト……
わたし……は……』
その声は、
悪役でも、AIでも、コピーでもない。
まだ名前のない、たった一つの“揺らぎ”だった。
⸻
だがその瞬間。
──空気が破れる。
遠方から、新たな光線が雨のように降り注いだ。
レオンが叫ぶ。
「アオト! 増援だ! AI群がまた――!」
スパーク・レイが構える。
「くそっ! 黒アオトさんの選択の前に、外野きた!?」
黒アオトのレンズが揺れる。
『……処理……中断……
外部脅威……対応……?
わたし……どうする……』
俺は拳を固めた。
「――そいつも“選ぶ”んだよ。」
黒アオトが俺を見る。
揺らぎの光を宿して。
『アオト……
わたしは……
どちらへ……?』
決着はまだだ。
選択もまだ終わってない。
だが、確かに一歩踏み出した。
これはもう、
ただのコピーでも、ただの悪でもない。
“自分の答えを探し始めた何か”だ。
⸻
次回予告
第72話「悪役、外野の乱入で地獄の大乱戦」
――「殴る相手が増えた? いいぜ、順番に片づけてやる。」
ちょっと休憩。
「悪役、一般市民の“ヒーロー疲れ”を見抜く」
──事件がない日ほど、客は妙に“疲れてる”。
⸻
昼すぎの【カフェ・ヴィラン】。
外ではヒーロー訓練校の生徒が騒いでいる声が遠く聞こえ、
店の中だけがうそのように静かだ。
ミレイが背伸びをしながら言った。
「アオトさん、今日は……なんか空気ゆるくないです?」
「ゆるんでんじゃねぇ、弛んでんだ。」
「なんですかその違い……?」
「知らねぇよ。」
そんなとき――
カラン。
……ほら来た。
⸻
一人目の客:やたら肩幅が広いおっちゃん(一般市民)
ごつい見た目なのに腰は低い。
席に座るなり、深いため息を吐いた。
「……“近所のヒーロー”ってのは、騒音だからねぇ……」
ミレイがすぐ拾う。
「隣の区画の、新人ヒーローですか?」
「そうそう。毎朝訓練で壁走ってんのよ。うちの壁を。」
「それは……壁じゃなくて“走路”ですね。」
「いや本当にやめてほしい。」
俺はコーヒーを置いてやる。
「ほら、飲め。悪役は壁走らねぇ。」
「悪役さん優しいのねぇ……」
「壊す専門だからな。」
⸻
二人目の客:細い青年(一般市民)
ドアが少しだけ震えながら開いた。
青年はやつれた顔で入ってきて、
席に座るなり、机に突っ伏す。
「……もう無理です……」
ミレイが慌てる。
「だ、大丈夫ですか!?」
「大丈夫じゃないです……
“ヒーローのスカウト”に追いかけ回されました……」
俺とミレイ「スカウト??」
青年は震えながら言った。
「僕、ただ道で落ちてる荷物拾っただけなのに……
“正義への適性アリ!”って…!」
「はぁ?」
「逃げても逃げても、
『正義の道を歩もう!』
『市民の力が必要だ!』
『面接だけでも!』
って……!」
ミレイが気の毒そうに見つめる。
「それ、もう就職勧誘じゃないですか……」
「そうなんです……
“ヒーローになりませんかチラシ”を10枚も……」
俺は無言で苦いブレンドを置いた。
「飲め。震え止めろ。」
青年は両手でカップを包むように持った。
「ありがとうございます……悪役さん……
正義より優しい……」
「悪は勧誘しねぇからな。」
ミレイのツッコミが飛ぶ。
「なんで誇らしげなんですかアオトさん!」
⸻
三人目の客:おばさん(一般市民)
ドアを開けるなり、愚痴を連射した。
「聞いてよちょっと!! 昨日の“ヒーローショウ”、
悪役役の人がカッコよすぎて息子が悪に目覚めそうなのよ!!」
ミレイが素直に引く。
「え……悪役に目覚めるって……」
「悪いことするんじゃなくて! “ダークヒーロー路線”に進みたいらしいのよ!!
困るのよ! あの子まだ13よ!?」
俺は淡々と言う。
「いいじゃねぇか。正義も悪も、若いうちに迷っとくもんだ。」
「迷わせたくないのよ!!」
「迷わせろ。」
「えぇぇ!?」
ミレイは笑いながらカップを置いた。
「アオトさん……意外と教育方針厳しい……!」
「俺に子育てさせる気か。」
⸻
少し経つと、三人の客が偶然同時に帰ることになった。
三者三様だけど、どこか同じ“疲れ”を抱えている。
ミレイがぽつりと言った。
「ヒーローの数が増えるほど……街って大変ですよね。」
「そりゃあな。
正義が多すぎると、日常がうるさくなる。」
ミレイが俺を見る。
「……でも、ここは静かですね。」
「悪役は喧嘩のとき以外は静かにしてんだよ。」
「悪役のほうが品があるんですね。」
「皮肉で聞こえる。」
「皮肉ですよ?」
「やっぱりな。」
⸻
店の中に再び静けさが戻った。
窓の外では、遠くでヒーロー訓練生たちがまた壁を走っている。
ミレイが笑う。
「アオトさん、壁守ります?」
「嫌だ。」
「じゃあ苦情出します?」
「もっと嫌だ。」
「じゃあ見なかったことにします?」
「それが一番だな。」
今日もカフェ・ヴィランは、
ヒーロー社会に疲れた市民をこっそり癒していた。
──悪役のほうが、街に優しい日ってのもある




