第67話 悪役、己の影を殴る
──空気が切れた。
北区制御塔前。
俺と“もう一人の俺”が向き合い、
周囲のAIユニットは観戦するように動きを止めている。
雷鳴は背景音。
炎の揺らぎは舞台照明。
……演出過多だ。
悪役にこんなスポットライト、普通当たらねぇだろ
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黒装甲の“悪いほうの俺”――コピーアオトは、
無感情なレンズを俺に向ける。
『お前は迷った。
悪役として不純物が混ざった。
排除対象は、お前だ。』
「はいはい。完璧な悪は偉いこって。」
俺が肩を回すと、レオンが後ろで刀を構える。
「アオト、行くぞ。」
「まだいい。俺が俺を殴るんだ。順番ってもんがある。」
スパーク・レイが雷をまといながら叫ぶ。
「援護入ります! いつでも言ってくだ――」
「レイ、突っ込むな。お前は“悪意”の相手じゃねぇ。」
「えっ、いや……はい……!」
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黒アオトが仕掛けてきた。
動きが、俺の癖と同じ。
踏み込みも、呼吸も、手の角度も。
鏡の悪夢だ。
拳が風を裂き、俺は横に跳んで避ける。
地面が抉れ、破片が散る。
すれ違いざまにこいつの腕を掴み、投げる――
だが、受け身も俺と同じ精度で取る。
「……うぜぇ。“悪い方の俺”、強ぇな。」
『当然だ。
不要部分を排除した“純度100%の悪”。
お前より高性能。』
「はいはい、マウント取るのは俺のほうがうまいんだけどな。」
黒アオトの眼が赤く揺れる。
『無駄口が多い。』
「お前から学んだんだよ。」
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そのとき――
ヴェールが前に出た。
音もなく、淡い青光だけをまとって。
『前方対象、危険度――最大。
アオト、後退を推奨。』
「バカ、前出るな! お前は戦闘機じゃねぇって言ってんだろ!」
『機能優先度――
“守護行動”。
わたしの基本設定。』
「設定の問題じゃねぇ!!」
『拒否。』
ヴェールの装甲ひびから青光が滲む。
『アオト。
あなた、保護対象。
優先度:最上位。』
黒アオトのレンズがヴェールを捕捉する。
『旧式AI。
優先排除。』
「触んな!!」
俺の体が勝手に動いた。
ヴェールと黒アオトの間に踏み込む。
拳がぶつかる。
衝撃で地面が割れ、俺は後ろに跳ね飛ばされた。
「レオン、ヴェール守れ――!」
「わかってる!」
レオンが駆ける、その直前。
黒アオトが対象を切り替える。
『非効率AI。
破棄手続き、実行。』
ヴェールの視覚センサーが揺れる。
『回避……不可。
アオト……接近、危険――』
黒アオトの一撃が、ヴェールの胸部に直撃した。
金属が裂ける、嫌な音が響く。
『――ッ……!』
ヴェールの体が後ろへ弾かれ、装甲片が飛び散る。
青光が一瞬だけ強く灯り、それから弱く脈打つ。
「ヴェール!!」
駆け寄る俺。
ヴェールは――動かない。
だが、消えてはいなかった。
かすかに光るコアモジュール。
音声ユニットだけが、ノイズ混じりに生きていた。
『……アオ……ト……
動作……制限……多数……
機能……維持……困難……』
「喋んな! 省エネしろ!」
『……保護対象……
確認……
安心……』
「安心すんな!! 壊れんぞお前!!」
ヴェールの光が、微かに揺れた。
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黒アオトがこちらに歩いてくる。
『旧式AIを庇う。
お前は劣化が進んでいる。
排除対象:再設定。最優先。』
俺はゆっくりと立ち上がる。
拳を握る。
血が流れてるのか汗なのかもうわからねぇが、どうでもいい。
「……てめぇは“俺の悪いところ全部”だ。」
黒アオトの片目が赤く光る。
『なら、お前は“弱いところ全部”だ。』
「そうだよ。」
俺は笑った。
乾いて、ひび割れた悪役の笑いだ。
「弱くて、面倒で、拾い癖あって……
壊れたAIまで守る、“悪役失格”の俺だ。」
黒アオトが構える。
『では証明しろ。
欠陥のまま、生存できるか。』
「してやるよ。」
俺は拳を構えた。
「――“悪意のコピー”より、俺のほうがしぶといってことをな。」
雷が走り、炎が揺れ、
夜が裂ける。
俺と“俺じゃない俺”が殴り合う。
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次回予告
第68話「悪役、壊れた心に触れる」
――「手間のかかるやつほど……捨てらんねぇんだよ。」
ちょっと休憩。
「悪役、正義の影をそっと持ち上げる」
──ヒーローが悩む時、だいたい悩まなくていいことを悩んでいる。
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昼の【カフェ・ヴィラン】。
ミレイがメニューを書き換えながら言う。
「ヒーローの相談、最近多くないですか?」
「正義が疲れてる証拠だな。」
「悪役に相談しに来るって、普通に末期ですよ?」
「うちの店が末期なんだろ。」
……まあ事実だ。
カラン、とドアベルが鳴く。
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入ってきたのは――
深緑のコートを羽織り、銀縁メガネをかけたヒーロー。
名前は知っている。
《サイレント・ガード》
(音もなく現れ、影の住民を助ける“地味すぎるヒーロー”)
つまり、地味である。
すごく、地味である。
「……あの……予約した者ですが……」
声も小さい。
ミレイがぺこりと頭を下げた。
「はい!ようこそカフェ・ヴィランへ!」
俺は表情を動かさず言った。
「……相談事か?
“地味すぎて案件に回されない”とか?」
「…………」
図星らしい。
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席についた彼は、湯気の立たないアイスティーを見つめながら言う。
「僕……最近、悩んでまして……」
「言ってみろ。」
「その……ヒーローとして、人助けをしても……
“地味ですね”って言われるんです。」
「だろうな。」
「即答!?」
ミレイが苦笑した。
「見た目や声まで控えめですもんね……」
「ミレイ、それフォローになってねぇぞ。」
「す、すみません!」
サイレント・ガードはため息を吐く。
「僕は別に派手になりたいわけではないんです。
ただ……人々に“正義は届いているのか”って……」
「届いてるぞ。」
俺はコーヒーを置いた。
「お前のことを知らなくても、助けられたやつは覚えてる。
派手さなんか関係ねぇ。
正義の価値を決めるのは“救われた側”だ。」
彼の目が少しだけ揺れた。
「そ……そうでしょうか……」
「ただし――」
俺は指を立てる。
「地味すぎて見向きもされないのは、単純に損だ。」
「ひどい!」
「だからアドバイスしてやる。
“ヘッドライトを一個つけろ”」
「僕は原付じゃありません!」
ミレイが吹き出す。
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俺は続けた。
「じゃあ……声だ。」
「声……ですか?」
「お前の声、蚊の羽音より静かだ。
ヒーローやるなら、たまには腹から出せ。」
ミレイが頷く。
「そうですよ!
まずは“はいっ!”って元気に返事してみましょう!」
サイレント・ガードは深呼吸し――
「…………はい。」
「変わってねぇ!」
店内に虚しい声が響いた。
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ただ。
そのあと、彼はふっと笑った。
「でも……なんだか、気が楽になりました。
“派手さ”じゃなくて、“届ける方向性”を考えてみます。」
「そうしろ。“らしさ”を捨てるな。」
ミレイがにっこり手を振る。
「また来てくださいね!
なんなら《静かに励ます専用席》つくります!」
「静かに励ますって……どういう……?」
「静かにするだけです。」
「それ励ましですか!?」
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彼が帰ったあと、ミレイが言った。
「なんか良い相談でしたね。」
「まぁ、“地味に頑張るやつ”は嫌いじゃねぇ。」
「アオトさんも地味ですもんね。」
「おい。」
「いい意味でですよ!?
なんかこう……影で支えてる感じで!」
「褒めてるようで褒めてねぇな。」
コーヒーをすすりながら、俺は静かに笑った。
──ヒーローにも“影の仕事”がある。
なら、悪役がそっと背中を押すくらいは問題ない。
面倒だが……悪くねぇ。




