第66話 悪役、正義の亡霊と再会する
──焦げた空に、金属の羽が舞っていた。
ロマンチック? 冗談だ。
全部、燃え尽きた監視AIの残骸だ。情緒どころか火薬臭しかしねぇ。
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北区はもう、地図としての誇りを完全に投げ捨てていた。
道路は穴だらけ、街灯は全員打ちひしがれたサラリーマンみたいに下を向いている。
頭上からは《セイヴァーユニット》のパーツがひらひら降ってくる。
雪なら情緒、鉄くずはただの事故物件だ。
「……思った以上に、地獄絵図じゃねぇか。」
瓦礫を跨ぎながら息を吐く。
足元にはちぎれた義腕。守りたい誰かが置いてった、不器用すぎる遺言。
レオンが周囲を見渡す。
「通信、完全に死んだ。セレナたちのチャンネルも沈黙。」
「AI同士のジャミングだな。
こっちの会話も行動も、全部スケスケってわけだ。
ほんと、監視社会ってのは“仕事が早い”よ。」
嫌味のひとつも言わなきゃやってられねぇ。
ヴェールの声が脳裏に響く。
『北区制御塔に、中枢信号を確認。再起動中。
発信源は――“アオト”です。』
「……あ?」
スパーク・レイが青ざめる。
「アオトさん!? 二人いるってことですか!?」
「俺じゃねぇよ。」
二人分の給料が出るなら考えるが、そういう話じゃない。
「“コピー”だ。沈んでたはずなんだがな。
……厄介なもんほど、よく浮いてくる。」
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上空から光が降る。
AI群が一斉にダイブしてくる。まるで訓練動画のコピペみてぇだ。
動きが揃いすぎると気持ち悪さが増すんだよ。
無数のレンズが俺たちを“処理対象”に認定する。
「来ますっ!」
スパーク・レイが雷を噴き上げる。今日だけ頼りがいがある。
「雷撃展開ッ! “スパーク・アロー”!」
何体か空中で爆散。
でもすぐ次の群れが湧く。むしろさっきより増えてねぇか?
「終わりが見えねぇぞ、これ!」
レオンが剣で首を刈り飛ばしながら叫ぶ。
「大体の戦争はな、終わりが見えない状態から始まんだよ。」
皮肉を口にしながら、俺も一体に拳を叩き込む。
ブレードはない。でも殴れば壊れる。実に合理的だ。
ヴェールが前に出た。ひび割れた装甲が微かに光る。
『防御陣、展開――対象、味方。』
青白い衝撃波が俺たちを包み、敵弾の軌道をずらす。
「助かる!」
炎の中を突っ切り、俺は地面を蹴った。
拳が唸り、AIが悲鳴をあげる。
「壊すのは得意なんでな!」
コアを引き抜いて放り捨てる。
「“悪役の本業”ってこういうのだろ?」
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……だが、そいつは違った。
無数のAIの中に、一体だけ“俺と同じ”影が立っていた。
黒装甲、片目だけ赤。
鏡に映る“悪意だけ抽出した俺”って感じの外道っぷり。
レオンが低く舌打ちする。
「……出やがったな。“あいつ”。」
「ああ。」
背後の空気がぴんと張る中、俺は一歩だけ前に出た。
目の前に立つのは、黒装甲のシルエット。
片目だけが赤く灯り、まるで俺の癖や悪だくみだけを抽出して固めたような存在。
「お前ら紹介しとくか。」
俺は肩を回しながら言う。
「――“俺の後始末用コピー”。
昔の俺の悪いところだけ寄せ集めて、自立歩行させたやつだ。」
通信越しに、冷たい声が降りかかる。
『正義を壊す悪役――それは理想だった。
だが、お前はもう迷っている。
悪役とは、迷いを捨てた存在。』
「迷いを捨てるってのはな――」
俺は鼻で笑った。乾いた音だ。
「考えるのをやめたやつの言い訳だ。
“コピーのくせに説教”ってやつだな。」
『俺は“純度100%の悪”として造られた。
お前は……劣化版だ。』
「そりゃどうも。」
肩を竦めて返す。
「人間はな、劣化してるくらいがちょうどいいんだよ。
完璧な悪なんざ、退屈で死ぬだけだ。」
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夜風が吹き抜ける。
俺と“コピーの俺”が向かい合う。
背後で雷が落ち、炎が揺れ、仲間の息が震える。
そして――周囲のAIユニットが、一斉に動きを止めた。
完全に“観戦モード”。
まるでこれから始まる殴り合いが、今夜のメインイベントか何かみたいに。
……いやほんと、勝手に舞台つくんな。
俺はショーの主演じゃなくて、後始末担当だぞ。
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次回予告
第67話「悪役、己の影を殴る」
――「舞台は整った。主役はひとりで十分だ。」
ちょっと休憩。
「悪役、ちょっとヤバい一般市民を止める」
──“ヤバい一般人”ほど、悪役の店に来やすい。
これはもう統計だ。
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昼の【カフェ・ヴィラン】。
ミレイがドーナツ食べながら言う。
「今日は平和ですねぇ。」
「その言葉は禁止だ。フラグになる。」
「え、何が――」
カラン。
……ほらな。
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入ってきたのは、
フードを深くかぶった細身の青年。
目の下にクマ。
落ち着きゼロ。
挙動不審指数120%。
第一印象:やべぇ。
「……あ、あの……ブラックアオトンさんですよね……?」
「その名前で呼ぶな。封印したんだよ。」
青年は深刻な声で言った。
「相談が……あります……」
ミレイが小声で言う。
「アオトさん、ヒーロー呼びます?」
「いや、まず話を聞け。
通報は最後の手段だ。」
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青年はカウンターに座り、震える声で言った。
「俺……最近気づいたんです……
“正義って嘘だな”って……」
ミレイが固まる。
俺はコーヒーを注ぎながら答える。
「お前の人生、今日から面倒になりそうだな。」
「はい……面倒です……もう……全部……壊したい……」
「やめとけ。」
即答。
青年は混乱したように目を丸くした。
「……え? 悪役なのに?」
「悪役だから言ってんだ。
壊すのは簡単だが、片付けるのがめんどいんだよ。」
ミレイが優しく言う。
「何があったんですか?」
青年は深く息を吸って――
「……隣人が……深夜に筋トレするんです……」
「平和な相談だった。」
思わず声に出た。
青年は両手で頭を抱えた。
「いや!ほんとヤバいんすよ!
うめき声とか聞こえるし!
ダンベルの音で床揺れるし!
俺……寝不足でもう……!」
「だからって全部壊すな。」
「俺……ヒーローに相談したんすよ?
でも“民事不介入”って言われて……」
あー、そりゃ無理だな。
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青年は続ける。
「で……考えたんです……
“悪役なら解決方法知ってるんじゃねぇか”って……」
「悪役に相談する時点でお前も十分ヤバい。」
「お願いします……!
隣人を……なんかこう……ビビらせる方法とか……!」
ミレイがすぐ遮る。
「ダメです!犯罪ダメです!」
俺は顎に手を当てて考えた。
「ビビらせるのは簡単だが……
お前、ビビらせた相手に逆恨みされるぞ?」
青年は震える。
「そ、それは困る……」
「じゃあ一番いい方法教えてやる。」
「なんですか……?」
「直接言え。」
「むりです!!!!!」
即答の勢いが良すぎる。
俺は肩をすくめた。
「隣人は悪気なくやってる可能性が高い。
“筋トレの音が響いてます”って言うだけで大抵止める。」
「むりです!!!(二回目)」
ミレイが吹き出す。
「じゃあ……手紙なら?」
青年は固まり――
「……できるかも……」
「そこまでが限界だろうな。」
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青年は深呼吸し、ふらふらしながら立ち上がった。
「……アオトンさん……」
「アオトンじゃねぇ。アオトだ。」
「アオトさん……ありがとうございます……
なんか……悪に落ちる前に止められた気がします……」
「落ちる前に相談に来る時点で、お前は悪に向いてねぇよ。」
ミレイが笑顔で手を振る。
「頑張ってくださいね、手紙!」
「……はい……!」
青年は去っていった。
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沈黙。
ミレイがぽつり。
「アオトさん、ほとんど保健室の先生ですよね?」
「やめろ。悪役イメージ崩れる。」
「でもいい感じに救ってましたよ?」
「救ってねぇ。“面倒の芽”を摘んだだけだ。」
コーヒーを一口。
静かな午後が戻ってきた。
──悪役の店には今日も、“転びそうな人間”が転がり込む。
面倒だけど……まあ、悪くない。




