第65話 悪役、心ある機械と歩む
──夜の火は、まだしつこくくすぶっていた。
煙のにおいなんざ、慣れたところで人生が得する場面は一度も来なかった。
焦げた街路に足を踏み入れるたび、靴底がざり、と鳴る。
まるで「今日も地獄です」って報告してくるみてぇだ。
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「……なんで俺、機械と並んで夜道歩いてんだろな。」
ぼやきながら焼け跡を踏む。
隣を歩く旧型AIは、焦げとひびだらけの装甲でそれでも周囲をスキャンしていた。
まともに動いてるほうが奇跡だ。
けど歩いてる。
その“意地”だけは、俺よりよっぽど真面目だ。
後ろからレオンが呆れた声を投げてくる。
「拾った責任ってやつだろ。」
「悪役に“責任”とか、縁起でもねぇ単語使うなよ。」
「似合わねぇけど、やってるじゃねぇか。」
「……まぁな。」
否定できないのが腹立つ。
刺さるんだよ、いちいち。
「舞台袖で誰か倒れてたら、つい拾っちまう性分でな。」
「それを“悪役の性分”って呼ぶんだよ。」
「嫌な称号だ。」
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半壊したビルの影。
そこにスパーク・レイが仲間を担いで半分沈んでいた。
「レイ、お前……その体でまだ動く気か。」
「げほっ……アオトさん……! 助け……」
レオンが受け取り、迷いなく止血に入る。
「他にもまだ埋まってるのか?」
「ええ……まだ何人か……! 援護……!」
「ヒーローが悪役に援護頼むなよ。世も末だな。」
言いながら、断れるわけもなく。
「……はいはい。ヴェール、頼む。」
《ヴェール》が淡い光を灯す。
『救援行動、承認。
瓦礫除去を開始します。』
腕から光線が走り、瓦礫が押しのけられる。
中から、小さな手が震えながら伸びてきた。
「……ったく。正義が寝坊すると子どもが泣くんだよ。」
しゃがんで、子どもの頬をぬぐう。
「よし、逃げろ。今日の正義は定休日だ。」
「……おじさんは?」
「悪役だよ。たまに仕事を間違える残念職種だ。」
子どもは泣きながらも頷いて走り去った。
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ヴェールが立ち上がる。
装甲の継ぎ目にひびが増え、青い回路がちらつく。
「おい、限界近いぞ。無理すんな。」
『……“戦う”より……
“守る”を続けたい。
それが……わたしの、役割。』
「役割ねぇ。」
思わず苦笑した。
「俺も昔は“壊す”のが役割だったんだけどな。」
レオンが横目で刺してくる。
「いや、今も普通に壊してるだろ。」
「壊してるさ。
ただ、最近は“理屈”とか“体裁”みたいな形のないもんばっかだ。」
「たまに深そうなこと言うよな、お前。」
「本人も深いのか浅いのかは知らん。」
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空の向こうが瞬いた。
少し遅れて地面が揺れ、嫌な予感が脳を刺す。
通信が飛び込んだ。
『北区を押さえました! ですがAIが……再起動してます!』
「再起動? 誰の許可だ。」
『不明です! 制御が……外部から書き換えられていて!』
レオンが顔をしかめる。
「まさか……コピーの残骸が?」
「ああ。」
舌の奥に、鉄みたいな苦味。
「“俺のコピー”が、まだ息してやがる。」
ヴェールが静かに告げる。
『あなたと……同じ波形……検知。
揺れ、大きい……暴走の可能性。』
「……自分の影が正義面して暴れてるとか……
ジョークでも笑えねぇわ。」
影が勝手に動いて、影が勝手にぶっ壊す。
一番性質が悪い。
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冷たい夜風が頬をかすめた。
ようやく肺の奥の熱が引いた気がする。
「レオン、北区行くぞ。」
「働きすぎだぞ、お前。」
「悪役ってのはな、正義よりブラックなんだよ。」
そのとき、ヴェールが
ほんの少しだけ、くぐもった機械音で笑った。
炎より静かで、
どの正義より温かかった。
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次回予告
第66話「悪役、正義の亡霊と再会する」
――「自分の影と戦う時、人はどっちを正義って呼ぶんだろうな。」
ちょっと休憩。
「悪役、公式ヒーロー管理局の胃痛を治す(治せない)」
──正義が多すぎると、書類も増える。
そして胃痛持ちがカフェに来る。
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昼の【カフェ・ヴィラン】。
客はまばらで、店内は静かだった。
ミレイが帳簿を見ながらつぶやく。
「アオトさん、今日も平和ですねぇ。」
「平和な日は、不幸の歩幅が大きくなる日だ。」
「……難しいんで、要点だけお願いします。」
「嫌な客が来る。」
カラン。
ほらな。言った通りだ。
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入ってきたのはスーツ姿の男。
公式ヒーロー管理局の胸章が光ってる。
顔は死んでる。仕事が人を殺す典型例だ。
「……あの……コーヒー……苦くないやつで……」
「ここは悪役の店だ。苦いのが基本だ。」
「胃が……今日……持たなくて……」
ミレイが気の毒そうにオレンジティーを差し出す。
男はイスに倒れこむように座った。
「おい、倒れるなら外で倒れろ。店で死なれると風評被害だ。」
「死にません……死にませんけど……
あの、人が……多すぎて……」
「人?」
「ヒーローです……! 最近登録増えすぎて……!
毎日書類の山で……背中から書類落ちてきそうで……!」
ああ。
ヒーロー過剰社会の被害者その1が来たわけだ。
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「具体的には?」
「“正義ポイントの改定案”が出るたびに説明会、
新規ヒーローの装備申請、
SNSトラブル仲裁、
ファン同士の抗争処理、
ヒーロー同士の縄張り争い調書……!」
「……正義って、もう完全にブラック企業だな。」
ミレイが小声で同意する。
「なんで私たちのほうがまだ健全なんですかね……」
男の目から涙がにじむ。
「悪の店が健全って……おかしい……」
「正義が壊れてるだけだ。」
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男はぐったりしながら訴える。
「アオトさん……悪役って……いいですね……
責任なくて……自由で……」
「誤解だ。悪役は自由じゃない。“嫌われる義務”がある。」
「義務……?」
「正義が気持ちよく戦うためには、
悪が“悪そうに”してなきゃ成立しねぇ。
あいつらの舞台装置みたいなもんだ。」
「……それはそれで、辛そうですね。」
「辛いぞ。」
ミレイがうんうんと頷く。
「マスター、毎日ちょいちょい病んでますしね。」
「病んでねぇ。考えてるだけだ。」
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男はオレンジティーを握りしめた。
「……もう辞めたいんです。
でも辞めたら、もっと無能扱いされて……
ヒーロー部署なんて一度抜けたら復帰も難しくて……」
あー、こいつは詰んでるな。
正義側は“都合の悪い人材”をすぐ切る。
「辞めてもいいし、続けてもいい。
ただ……“どっちが自分の胃に優しいか”で決めろ。」
「胃……?」
「お前の正義は胃で決まる。
胃が反乱起こす仕事は長続きしねぇ。」
ミレイが明るくフォローする。
「健康は正義より大事ですからね!」
男はしばらく黙った後――
「……辞めます。」
「いいのか?」
「はい。
初めて“自分のための決断”できた気がします。」
立ち上がる男の背中は、来たときより軽い。
「……ありがとうございました。
悪役なのに、助けられました。」
「助けてねぇよ。
ただコーヒー売ってただけだ。」
ミレイが笑う。
「アオトさん、やっぱり相談役ですよ。」
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男が出ていった後、俺はため息をついた。
「……正義のほうが面倒くせぇな。」
「悪役のほうが健康的ってどういう社会なんですかね?」
「知らん。俺の管轄じゃねぇ。」
カップを洗う音だけが、静かに響いた。
──今日も“正義の胃痛”がひとつ治った。
いや、治してねぇか。
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