第64話 悪役、旧型に心を見る
──夜の火はまだくすぶっていた。
崩れた街のどこかで、壊れた“正義”が息を引きずっている。
足元には、沈黙したセイヴァーユニットの残骸が横たわっていた。
その傍らには、助けを求めたのか――人間の手が、まだ機体に触れたまま固まっている。
無機質なマスクには、何度も揺さぶられたような手跡がいくつも刻まれていた。
まるで「正義にしがみつくしかなかった」っていう、みっともない証拠みてぇに。
アオトは、倒れている人の手をそっと外しながら言った。
「……正義ってのは、“壊れるときほど”触り心地が悪ぃな。」
レオンが横で眉をひそめる。
「縁起でもねぇこと言うな。」
アオトは肩を竦めた。
「いや、ほら。
壊れたオモチャに最後まで期待しちまうの、子どもとヒーローくらいだろ。」
人の手をゆっくり下ろすと、胸部パネルを開く。
中にはかすかに残った光があった。
「……で。
この残りカスみてぇな光に、何が残ってんだか。」
かすかな光。
「……電源、生きてる。」
その奥で、音声モジュールだけが最後の呼吸みたいに点滅していた。
『……しえん……こうどう……けいぞく……ちゅう……』
「支援?」
アオトが眉を寄せる。
「誰をだ。」
ノイズの向こうから、掠れた声が戻ってきた。
『……にんげん……を……まもる……』
レオンが息をのむ。
「旧型……“心”を積んでた頃のやつだな。」
「つまり、バグも希望も一緒くたに抱えてる世代か。」
⸻
アオトはしゃがみ込み、壊れた顔をのぞき込む。
「……お前、名前は?」
『……指定コード……V-04……』
「コードじゃねぇ。呼んでほしいほうだ。」
ほんの短い沈黙。
その後、小さく震える声が生まれた。
『……“ヴェール”。
影のように……まもりたいから……』
「いいじゃねぇか。……ヴェール、動けるか?」
『稼働率……17%……
でも……歩ける……』
レオンが肩を回す。
「爆発する可能性は?」
「そんときゃ俺が責任持って見送る。」
⸻
崩れた街を歩く影が三つ。
そこへ、瓦礫の脇からスパーク・レイとセレナが姿を見せる。
「アオトさん!? そのAI、まだ生きてるんですか!?」
「“まだ”じゃねぇ。“生きてんだよ”最初から。」
セレナが素早く解析を始める。
「……旧型支援AI。感情モジュール搭載モデル。
でも、生産ラインはもう停止してます。」
「『作らなかった』じゃなくて、『作れなかった』んだろ。」
アオトは静かに応じた。
「“心ある正義”なんて、世界が一番扱いづらい。」
⸻
焼け焦げた公園のベンチに腰を下ろす。
ヴェールの体から、かすかな白い蒸気が上がっていた。
『……これが……よる……
データの……よるより……ずっと……きれい……』
アオトはコーヒーカップを差し出す。
「飲めねぇだろうが……香りくらいは記憶しとけ。」
『……これが……“にがみ”……?』
「そうだ。人間はな、それを“味わう”ために生きてる。」
ヴェールの光が、わずかに揺らいだ。
レオンがふっと笑う。
「悪役のくせに、センチメンタルだな。」
「悪役ってのはな。
演目の合間に、一瞬だけ“人間”に戻るんだよ。」
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遠くでまた爆音。
別の区画が燃え落ちる音だ。
アオトは立ち上がる。
「……次はあっちだ。」
「また“拾い癖”か。」レオンが呆れたように言う。
「壊れた正義ってのは……放っとけねぇ。
昔から、拾わずにいられねぇんだよ。」
夜風の中、ヴェールの目が淡い光を灯す。
それはまるで――
途切れたはずの“心”が、もう一度脈を打ち始めたみたいだった。
⸻
次回予告
第65話「悪役、心ある機械と歩む」
――「感情はバグだ。……けど、悪いもんじゃねぇ。」
ちょっと休憩。
「悪役、支援ヒーローに“地味な悩み”を相談される」
⸻昼の【カフェ・ヴィラン】。
豆を挽く音だけが響く、穏やかすぎる時間。
ミレイがコップを磨きながらぽつり。
「平和ですねぇ……」
「それはフラグだ。やめろ。」
「え、何が――」
カラン。
……ほらな。
入ってきたのは、黒髪ショートにスーツ姿の女性。
元・支援ヒーロー《セレナ》。
落ち着いた表情なのに、妙に肩の力が入っている。
「……アオトさん。少し、お時間いいですか。」
「仕事増えるタイプの声だな。」
「増えます。」
即答かよ。
ミレイが小声で囁く。
「アオトさん、覚悟決めてください……」
⸻
俺は諦めてカウンター席を指差した。
「座れ。飲み物は?」
「カフェラテで……砂糖少なめ、ミルク多めで。」
「甘えたいのか、我慢したいのかどっちだ。」
「混乱してるってことです。」
……めんどくせぇタイプ来たな。
ミレイが優しい声でラテを置くと、
セレナは両手で抱えるみたいに温かさを確かめた。
そして、観念したように話し始める。
「実は……最近、“存在感が薄い”と言われまして。」
「は?」
予想外すぎて思わず声が漏れた。
「戦闘でも、作戦会議でも……
“気づいたら横にいた”…とか、“あれ?今日もいたんだ?”とか……」
ミレイが気まずそうに眉をひそめる。
「……それは、つらいですね。」
「つらいです……。支援って地味ですけど……
“地味すぎる”と言われると……心が折れそうで。」
⸻
なるほど。
これは“派手に悩まないタイプ”の悩みだ。
俺はコーヒーを一口飲み、言った。
「お前、別に地味じゃねぇよ。」
「え?」
「支援ってのは“派手に目立ったら負け”だろ。
後ろで全部整えて、前に立つやつを輝かせるのが仕事だ。」
セレナは目を瞬かせる。
「……でも、誰も気づかないんですよ?」
「気づかれねぇ支援ほど強いもんはねぇ。
気づかれたらそいつはもう支援じゃねぇ、主役だ。」
ミレイが頷く。
「セレナさん、むしろ褒め言葉ですよ、それ。」
「褒め言葉……なんでしょうか……?」
「俺が言ってんだから間違いねぇよ。」
「それ説得力あるんですか?」
「悪役は、目立って困る生き物だ。
支援は、目立たなくて正しい生き物だ。」
セレナの口元が、ほんの少しだけ緩む。
「……アオトさんらしいですね。
でも、少し……楽になりました。」
「ならいい。」
「ありがとうございます。」
「礼はいい。ラテ代だけ置いてけ。」
「……こういうとこ、悪役ですよね。」
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帰り際、セレナがふと振り返る。
「また来ても……いいですか?」
「相談なら聞く。
ただし――悩みを増やすタイプの客は帰れ。」
「……ほどほどにします。」
セレナは静かに微笑み、店を出た。
ミレイが俺の横でぽつりと言う。
「アオトさん、ほんと相談向いてますよね。」
「やめろ。悪役が迷子になる。」
でもまあ――
こういう日常も悪くねぇ。
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