番外編【いい肉の日/Café Villainの大騒ぎ】
十一月二十九日、“いい肉の日”。
《Café Villain》の朝は、いつもより騒がしい……気がする。
理由は簡単だ。
向かいの焼肉屋が気合入りすぎて、煙がこっちまで漂ってきてるからだ。
店の中が肉フレーバーに汚染されていく。
コーヒー屋としては敗北感がすごい。
「アオトさん!! 今日は絶対“肉の日メニュー”やりましょう!」
朝からミレイに騒がれる。
「ウチはコーヒー屋だ。」
「悪役カフェらしく柔軟にいきましょう!」
「柔軟ってのは俺の許可を取ってから使え。」
ミレイがメニューに勝手に書き込む。
《裏まかない:悪役の肉サンド(仮)》
「書くな。」
「書いたので、もう実行です!」
「法廷で争うぞ。」
とはいえ……
冷蔵庫には、昨日の余り肉。
肉の日に捨てるのも、逆に悪役っぽくない。
「……味見用だけ作る。」
「よっしゃあぁぁぁ!!」
騒がしい。開店前から疲れる。
⸻
肉サンドを仕上げていたそのとき――
店のベルが勢いよく鳴った。
「お疲れさまっすーー!! アオトさん、なんかいい匂いしません!?」
扉もきちんと閉まる前に、ツバサが突入してきた。
元ヒーローのくせに入店が雑だ。
「……ツバサ、お前また肉に釣られて来たのか。」
「い、いえいえ! そんなつもりは……ないっすけど……
ただ……鼻が勝手に反応したっす!」
「犬か。」
「犬じゃないっす!! でも……肉の匂いって最高っすね……!」
テンションは高いのに、アオトとミレイに対しては
ちゃんと敬語なのがこいつのバランスの悪いところ。
「ツバサさん、これまかないなのでダメです!」
ミレイが皿を背中に隠す。
「えっ……あ、そうなんっすね……
じゃあ、その……見てるだけで……」
「見るな。腹が鳴る音がうるさい。」
「バレたっす……!」
⸻
俺は仕方なく、端肉で簡単なパニーニもどきを作る。
「ツバサ、これやる。」
「えっ、いいんすか!? 本当に!?」
「うるさい。食え。」
「いただきます!!」
一口かじると、ツバサの顔がぱっと明るくなる。
「……うっま!! 優しい味っすね!!」
「優しい味の悪役って何だよ。」
「いやほんと、あったかいっす……なんか泣きそうっす……」
「泣くほどの味じゃねぇよ。」
ツバサは感情が素直すぎて困る。
⸻
ミレイが肉サンドを抱え込む。
「これは絶対あげませんからね。」
「そ、そんな……ミレイさん……
アオトさんのサンド……少しだけ……」
「ダメです!」
「即答っすか!!」
ツバサの肩がしゅんと落ちる。
だが、またすぐ復活する。
「じゃあ……においだけで……いいっす……!」
「いや、哀愁出すのやめろ。」
「だって食べたいっす……!」
「ツバサさん、アピールが犬っぽい……」
「犬じゃないっす!!!」
見てて不憫なので、ミレイが結局
“親指の先ほどの端っこ”だけ渡す。
「ありがとうございます……!!
こんな……光の一粒……!」
「詩人になるな。」
⸻
閉店後。
椅子を上げながらミレイが言う。
「アオトさん、今日のまかない、めちゃくちゃ成功でしたね!」
「お前が一番食ったけどな。」
「だって肉の日ですし!」
「言い訳の万能カードにすんな。」
ツバサはカウンター越しに嬉しそうに言う。
「アオトさん! また余ったら作ってほしいっす!」
「気が向いたらな。」
「やった! 気が向くの待ってるっす!」
「“向く前提”で言うな。」
カウンターに肘をついてにこにこしている。
「ツバサさん、帰らなくていいんですか?」
「えっ、あ、はい! そろそろ帰るっす!
……でもなんか、居心地いいんすよねここ。」
「帰れ。」
「帰りますっす!!」
騒がしいけど、空気が明るくなる。
ほんの少しだけ、店に残る笑い声が温かい。
肉の日ってのも、悪くはない。
「……まぁ、肉の日もたまにはいいか。」
「来年もやりましょう!!」
「はいはい。」
コーヒーの香りと肉の余韻が混ざって、
今日の《Café Villain》はやけに賑やかだった。
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