第61話 悪役、過去と再会する
──廃ビル群。
風が鳴っている。
それは笛のようで、悲鳴のようだった。
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アオトとレオンが立つ屋上。
足元には、割れたガラスと黒焦げの床。
そして――煙の中から、もうひとりの“アオト”が現れた。
若き日のアオト。
黒マントを翻し、赤い瞳を細めて笑う。
「……ずいぶん、老けたな。」
「お前はずいぶん、うるさくなったな。」
「悪役は沈黙で語るもんだろ?」
「いや、今は雑談で生き残る時代だ。」
ふたりのアオトが向かい合う。
同じ声、同じ癖、同じ笑い方。
けれど――片方だけが、純粋に“壊すためだけに生きていた”。
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「ヒーローは弱い。正義は偽り。
俺はそれを証明するために生まれた。」
「……その考え、昔の俺だな。」
「昔?違う。“お前が忘れた”だけだ。」
レオンが口を挟む。
「話は後だ。向こうが殺気を上げてる。」
「分かってる。」
風が一瞬止まった。
次の瞬間、マントが閃光のように舞う。
ドンッ!
屋上が爆ぜた。
レオンの銃弾が火花を散らし、若アオトの手刀が空気を裂く。
衝撃波で瓦礫が宙に舞い、夜景が揺らめいた。
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「力、鈍ったな。お前、いつから守る側になった?」
「守ってるつもりはねぇ。ただ、壊し方を選んでるだけだ。」
「選ぶ悪なんて、もう悪じゃねぇよ。」
言葉の直後、若アオトの蹴りが炸裂。
アオトの腹に命中――マントが裂ける。
レオンが援護射撃を放つが、弾はすべて弾かれた。
「無駄だ。“昔の俺”には通じねぇ。」
「分かってる。でも、撃つのが俺の仕事だ!」
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数分後。
ビルの屋上はもはや形を保っていなかった。
火花と鉄骨の雨の中、アオトが片膝をつく
若アオトが立っている。
赤い瞳の奥で、かすかに笑った。
「俺が壊したかったのは、ヒーローじゃなかった。
“秩序そのもの”だ。」
アオトは口を開きかけたが、
若アオトが先に続けた。
「……この世界、いずれ“正義”が暴走する。
人間が作った秩序は、人間を見捨てる。
その時――俺を止められるなら、止めてみろ。」
「お前、何を──」
「俺は消えねぇ。
どんな時代になっても、“悪”の形を変えて、また現れる。
それが、俺だからな。」
風が吹き抜ける。
若アオトの輪郭が霧のように崩れ、
夜の闇へと溶けていった。
⸻
残されたアオトは拳を握りしめる。
「……止めてみろ、ね。」
レオンが横目で見た。
「挑発されたな。」
「挑発じゃねぇ。
……あいつ、未来を見てた気がする。」
「未来?」
「“正義の暴走”――多分、近い。」
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街の灯が遠くでまたたく。
その光は、美しくも不気味に、
まるで“正義”の点滅信号のように見えた。
次回予告:第62話 悪役、正義の暴走を見届ける
──負けの中に残った“もう一つの火種”。
過去が消えても、“悪”はまだ終わっちゃいない。
ちょっと休憩。
「悪役、ヒーローの“宿題”を代わりに見る」
──悪役は、子どもの宿題よりヒーローの宿題のほうが苦手だ。
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昼のカフェ。
ミレイがケーキを並べていると、
店の扉がゆっくり開いた。
「……あの、ブラックアオトンさん……ですよね?」
細身の少年ヒーロー。
緊張で声が裏返ってる。
「誰だお前。」
「ひっ……!!
し、し、失礼しました! ヒーロー学校一年、カズシと言います!」
ミレイが首をかしげる。
「高校生くらいに見えるけど……?」
「ヒーロー学校は中等部からあるんですよ〜」
いや教えるのそこじゃない。
カズシは震えながら封筒を差し出してきた。
「こ、これ……ヒーロー学の“宿題”で……
“悪役の心理を分析せよ”ってレポートが課されてて……
ぼ、僕……何も書けなくて……」
俺は封筒を開く。
《悪役の心の闇に迫れ!
〜正義の対極を知ることが、ヒーローの第一歩〜》
「うわ。雑な課題だな。」
「わ、わかりますか!?
先生、ノリで出したって言ってました!!」
ミレイ、吹き出した。
「ヒーロー学校ってこんなのなんだ……」
「こんなのだから困ってんだろ。」
カズシは机に手をついて叫んだ。
「お願いです!!
アオトさんの“闇”を見せてください!!」
「やだよ。」
「なぜですか!!」
「闇は人に見せるもんじゃねぇ。
あと俺、闇ほとんど残ってねぇ。」
「それはそれで問題じゃないですか?」
⸺
とりあえずコーヒーを淹れながら言った。
「お前、悪役ってどんなイメージだ?」
「えと……
“正義を憎み、世界征服を企む存在”です!」
「漫画読みすぎだ。」
「じゃあ実際の悪役って……何を考えて動いてるんですか?」
ミレイが興味津々で聞いてくる。
「マスター、私も気になります!」
「お前まで食いつくな。」
⸺
俺はため息をついたあと、淡々と答えた。
「……悪役はな。
別に世界なんかどうだっていい。
ただ、“自分の役割”を演じてるだけだ。」
カズシが目を丸くする。
「役割……?」
「ヒーローが必要としてる“敵”をやってるだけだ。
悪役の存在が、正義の舞台を成立させる。
それだけの話。」
ミレイが静かに言った。
「……ちょっと切ないですね。」
「切なさで仕事してねぇよ。」
カズシは震える声で言う。
「で、でも……
そんな“自分を犠牲にした役割”を……
本当に選んだんですか……?」
俺は少し黙ってから、笑った。
「違ぇよ。
向いてたからやっただけだ。」
カズシの手が止まる。
「……向いてた……」
「向き不向きだよ。
ヒーロー向いてるやつもいれば、
悪役のほうが動きやすいやつもいる。」
「……そんな軽い理由で……」
「軽いくらいがちょうどいい。
重い理由で悪やってるやつは……だいたい壊れる。」
カズシはペンを走らせる。
ガリガリ書いている。
「なるほど……!
悪とは“役割としての闇”……!」
「やめろそれ書くな授業荒れる。」
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帰り際。
カズシは頭を下げて言った。
「アオトさん……
僕……悪役って怖いと思ってましたけど……
ちょっと、見方が変わりました。」
「変えなくていい。怖く見とけ。」
「でも……
今日のアオトさんは、そんなに怖くなかったです。」
「ミレイ、帰りにそいつ殴っといて。」
「え、なんで私が!?」
カズシは笑って走り去った。
ミレイが言う。
「マスター、優しいですね。」
「優しさじゃねぇよ。
ああいう真っ直ぐなのは……壊れやすい。」
ミレイが小さく微笑む。
「守ってるんですよね、ヒーローの子たち。」
「守ってねぇ。
ただ、子どもが泣くと後味悪いだけだ。」
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──悪役が宿題を手伝うと、
ヒーローの世界がちょっとだけマシになる。
……まぁ、俺には関係ねぇけどな。




