第59話 悪役、追跡される
──夜道は静かだ。
静かすぎる夜ってのは、だいたい誰かが後ろで息を潜めてる。
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街のネオンが濡れたアスファルトを照らして、
白い光が薄青く跳ね返る。
マントの裾が風を裂くたび、昔の“戦場の癖”が勝手に目を覚ます。
「……さて。追ってくる影の正体でも確かめるか。」
歩き出した瞬間、背後でヒールの音。
カツン、と妙に律儀なリズム。
振り返るとミレイだった。
コートの裾を押さえながら、息を切らしてこっちに来る。
「……はぁ、見つけましたよ、マスター!」
「お前、冷めたコーヒー嫌いだろ。」
「だったら一緒に持っていくしかないじゃないですか。」
……はいはい、知らん。俺の行動に巻き込まれる女の代表だ。
「悪役の現場に来てどうする。」
「マスターの危険度を見張る係です。」
「勝手に職務増やすな。」
「アルバイトは応用力が大事なんです。」
ほんとツッコミが追いつかん。
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古びたビルが並ぶ路地に入る。
割れた看板、壊れた街灯。
その奥で何かが“動いた”。
「マスター、あれ……」
「見えてる。問題は、“俺かどうか”だ。」
影の中から出てきたのは――“俺のコピー”。
顔も仕草も俺。そのくせ、目の奥だけが妙に“光って”いやがる。
「……また会ったな。」
「更新完了。データ修復済み。」
「勝手に再起動すんな。」
ミレイが息を呑む。
そりゃそうだ。俺そっくりな奴が、俺より整った姿勢で立ってるんだから。
「これ……コピー、ですか……?」
「ああ。再現率の悪趣味さは相変わらずだ。」
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“コピー”が一歩踏み出す。
マントの擦れる音まで俺に寄せてくるストーカー気質。
しかも手にしてるのは無骨な制御端末。
コーヒー持ってこいよ、せめて。
「お前の矛盾、解析中。正義に変換を試みる。」
「悪いが、俺は変換されるほど素直じゃねぇ。」
「非効率な個体。だが――観測は続ける。」
「勝手に観測しとけ。俺は帰って寝る。」
「マスター、帰れません!」
「……分かってる。」
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沈黙のあと、“コピー”は霧みたいに揺らいで消えた。
まるでネオンに溶ける幽霊だ。
俺はコーヒーを啜る。
冷めてもまだ苦い。
「……ミレイ。」
「はい?」
「この味、冷めても苦いんだな。」
「悪役の味ですから。」
ふっ。
それは否定できねぇ。
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夜風が路地を通り抜ける。
壊れた看板がカランと鳴って、舞台の幕が静かに下りるみたいに音が消えた。
──だが、終わりじゃない。
霧の奥で、まだ“影”が俺を観ていやがる。
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次回予告
第60話 悪役、過去の匂いを嗅ぐ
ちょっと休憩。
「悪役、ヒーローの“謝りに来た理由”に困惑する」
──悪役の店に、謝罪するヒーローが来る日はだいたい面倒だ。
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昼の【カフェ・ヴィラン】。
ミレイがテーブルを拭きながら言う。
「マスター、今日はお客さん少ないですね〜」
「静かな日は嫌な客が来る日だ。悪役の勘だ。」
「それ、当たるから怖いんですよ。」
ほんとに当たる。
ドアのベルがカランと鳴いた瞬間、俺はため息をついた。
「……来たな、面倒なやつ。」
入ってきたのは――
見たことあるヒーロー。
いや、名前は知らないが、よくニュースで見る“爽やか量産型”だ。
スーツも髪型も完璧。
だが表情だけは沈んでいて、両手を揃えて深々と頭を下げてきた。
「すみませんでしたァァァ!!」
「……何をした?」
俺はまだ何もされてない。
ヒーローは震えた声で言う。
「“正義のSNS”で……
あなたの悪口を……
毎回いいねしてました……!!」
「……謝るほどか、それ?」
ミレイは口元押さえて笑いをこらえてる。
「マスター、人気者ですね!」
「やめろ。悪口にいいね押されて喜ぶ悪役がどこにいる。」
ヒーローはさらに土下座に近い角度で頭を下げる。
「いえ……昨日、仲間に言われたんです……
“悪でも一応、人間だから。気持ちあるから”って……」
「……なんだその当たり前すぎる道徳は。」
「反省して……っ
今日からあなたの悪事を尊重します!!」
「尊重って言い方やめろ。」
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ミレイが小声で聞く。
「マスター、どうします?追い返します?」
「いや……ここまで来たなら話くらい聞く。」
椅子を指差すと、ヒーローは“許された囚人”みたいな顔して座った。
俺はコーヒーを置く。
「飲め。苦いぞ。」
「苦いの好きです!!ヒーローは苦難に慣れてるので!!」
……なんだこの真面目すぎるやつ。
一口飲んで、ヒーローは涙ぐむ。
「に、苦い……っ!」
「慣れてねぇじゃねぇか。」
ミレイが肩を震わせて笑ってる。
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少し静かになったあと、ヒーローが言った。
「本当に……ごめんなさい。
あなたが悪役でも……傷つくかもしれないって……
考えが回らなかったんです……」
「悪役はな……」
俺はカップを指で叩いた。
「嫌われるのが仕事だ。
だから“悪口のいいね”くらいでダメージは受けねぇよ。」
ヒーローはぽかんとした。
「じゃ、じゃあ……なぜ対応してくれたんですか?」
「……謝れるヒーローは嫌いじゃねぇからだ。」
ミレイが目を丸くする。
「マスター……優しい!!」
「優しくねぇ。面倒だから早く帰らせたいだけだ。」
「ツンデレですね!」
「黙れ。」
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帰り際、ヒーローは深々と頭を下げた。
「今日からあなたを……
“悪役として誠実に嫌います!!”」
「その宣言なんだよ。」
「あなたは悪のプロ!僕は正義のプロ!
互いに敬意を忘れず……敵同士として頑張りましょう!!」
「なんかいい話っぽい!!」
「俺だけ損してる気がするんだが。」
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店の外へ戻っていくヒーローを見送りながら俺は呟いた。
「……謝りに来る理由ってのは、たいてい大したことねぇな。」
ミレイが笑う。
「でも、マスターの返し方はかっこよかったですよ。」
「褒めても何も出ねぇぞ。」
「じゃあコーヒーください。」
「結局出すんじゃねぇか。」
──悪役の店には、今日も変なヒーローがやってくる。
だがまぁ……悪くない日だった。




