第58話 悪役、北都に降り立つ
──寒い街ほど、嘘が白く見える。
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夜行列車が北都駅に滑り込む。
ドアが開いた瞬間、冷気が刺すように頬を打った。
「さむっ!な、なにこれ……氷の世界じゃないですか!」
「口で吐いた言葉が湯気になる街だ。悪くねぇだろ?」
「いや、悪いですよ!凍傷になります!」
「悪役には丁度いい環境だ。」
アオトはコートの襟を立てながら、白い息を吐いた。
駅前の看板は凍り、ネオンも半分は消えている。
その光景が、どこか懐かしかった。
「……この街、昔来たことがある。」
「出張ですか?」
「いや、“破壊”で。」
ミレイが固まった。
「それ、旅行中に言うセリフじゃないです……」
「昔の仕事だ。今は観光だ。」
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二人が宿に向かう途中、道の脇で小さな人だかりができていた。
「見てください、あれ……ヒーローショウ?」
ステージの上、寒空の下でヒーローたちが子どもに手を振っていた。
『凍結戦士グレイゼロ!』
『氷剣ブリザードナイト!』
寒冷地限定ヒーローらしい。
「地方限定ヒーローって、初めて見ました!」
「限定モノは需要があるんだよ。ヒーローも観光資源だ。」
「悪役もですか?」
「悪役は、祭りが終わったあとで出番だ。」
ミレイが苦笑し、カメラを構える。
そのとき、舞台袖に一瞬見えた。
黒いマントの影。
――自分と同じ形の、立ち姿。
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夜、宿の窓辺。
アオトはコーヒーを淹れながら、雪の街を見下ろす。
「……また出たな。」
「まさか、コピーの?」
「わからん。ただ、あいつ――ここの匂いがする。」
「匂い?」
「凍った空気と、焦げた機械の匂い。……昔、怪人の現場で嗅いだ匂いだ。」
ミレイが少しだけ不安げに言った。
「もしかして、また戦うつもりですか?」
「いや、確認しに行くだけだ。」
「……“だけ”で済んだ試しあります?」
「ねぇな。」
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雪が静かに降る夜。
街のネオンが反射して、白い地面が薄青く光る。
アオトはマントを羽織り、ドアを開けた。
「行ってきます。」
「……コーヒー、冷めちゃいますよ?」
「悪役は、冷めたくらいが丁度いい。」
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静かにドアが閉まる音。
ミレイはその背中を見送って、ぽつりと呟いた。
「……だったら、冷めないうちに追いかけなきゃ。」
彼女は残されたカップを見つめ、
小さく笑ってコートを掴んだ。
――悪役の旅路に、強制同行のマネージャー、追加。
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次回予告
第59話「悪役、追跡される」
――「……なぁ、追跡されてるの俺で合ってるよな? なんで“コピーのほう”が堂々と歩いてんだよ。」
ちょっと休憩。
「悪役、ヒーロー解雇通知の相談をされる」
──悪役の店ほど、“辞めたいヒーロー”が集まる場所も珍しい。
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昼の【カフェ・ヴィラン】。
ミレイがレジ締めしながら言う。
「マスター、今日は平和ですね〜」
「平和ってのは、“騒ぎが来る前触れ”だ。油断すんな。」
「そのジンクス、外れたことあります?」
「ない。」
……嫌な記録だ。
カラン、とドアが開く。
入ってきたのは――
落ち葉みたいにしょんぼりしたヒーロー。
ネームタグには《ソイヤ•マサル》と書かれている。
聞いたことない。完全に無名だ。
ミレイが小声で囁く。
「マスター……今日の相談者、弱そう……」
「見た目で判断すんな。弱いのは“心”のほうだ。」
ヒーローは席に座ると、震える手で一枚の封筒を差し出してきた。
「こ、これ……相談したくて……」
「また怪文書か?」
「い、いえ……公式の……“ヒーロー解雇通知”です……!」
ミレイが目を見開き言う。
「えっガチ!?」
「……で、なんで悪役に相談しに来る?」
ヒーローは涙目で言った。
「正義局に相談したら……
“あなたをサポートする予算はありません”って……
ヒーロー仲間には“お前はもう終わりだ”って言われて……
最後に残ったのが……ここで……」
「人選ミスも大概にしろ。」
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封筒を開くと、文面には簡潔に書いてあった。
《戦闘実績不足・協調性不足・SNS影響度不足につき ヒーローライセンスを来月をもって剥奪します》
……相変わらず数字でしか人を見ねぇな、あの組織。
ヒーローは頭を抱えて震える。
「どうしたら……僕は……“戦えなくても人を守る方法”が……」
「あるぞ。」
「えっ!?」
「まず落ち着いてコーヒー飲め。」
「ほ、方法の話は!?」
「コーヒー飲め。話はそれからだ。」
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一口飲んだ瞬間、ヒーローの顔が苦味で歪む。
「に、苦っ……!」
「人生はだいたい苦いから慣れろ。」
ミレイが笑う。
「優しいですねマスター!」
「黙れ。」
ヒーローは深呼吸しながら言った。
「……僕、戦闘は弱いです。
でも……誰かが泣いてたら声かけるし、迷子いたら探すし……
ヒーローじゃないと、それも意味ないんですか……?」
俺はカップを置いた。
「お前、自分で答え出してんじゃねぇか。」
「え……?」
「泣いてる子どもに“公式ライセンス”見せたら笑うのか?
迷子が“登録ランク”を気にするか?」
ヒーローは首を振った。
「そんなわけ……ないです……」
「だろ。
役職がヒーローを作るんじゃねぇ。
“やってること”がヒーローなんだよ。」
ミレイがうんうん頷く。
「マスター、今日めっちゃ良いこと言ってる!」
「うるせぇ。俺は正義の説教なんかする気ねぇ。」
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ヒーローは涙を拭いて立ち上がる。
「……僕、辞めても人を助け続けます!」
「勝手にしろ。
ただ――その気持ちがある限り、お前は多分、俺らより強ぇよ。」
ヒーローは笑って帰っていった。
ミレイがぽつり。
「いい話でしたね……」
「いい話かどうかは知らねぇけどな。」
窓の外。
ヒーローの背中は、解雇通知を握ったままなのに、どこか誇らしげだった。
──正義を失っても、正義は死なねぇ。
たまには、こういう日も悪くねぇ。




