第57話 悪役、夜行列車に乗る
──悪が逃げるんじゃない。
ただ、景色を変えるだけだ。
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深夜、ホーム。
行き先表示は「北都行き・夜行特急」。
風が冷たく、スーツケースの音がやけに響く。
「ほんとに電車旅なんですか?」
「車より楽だ。寝てる間に遠くまで運んでくれる。まるで人生みてぇだろ。」
「どっちかっていうと“運ばれてるだけ”ですけどね。」
「正解。」
ミレイが苦笑しながらチケットを受け取る。
「指定席って書いてありますけど……この時間、他に誰も乗ってませんね。」
「静かでいいじゃねぇか。悪役の夜には、沈黙がよく似合う。」
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列車が動き出す。
窓の外の街がゆっくり遠ざかり、灯りが点のように流れる。
カップに注いだコーヒーが揺れて、リズムを刻む。
「旅って、いいですね。」
「お前もやっと理解してきたか。逃避じゃなくて、“一時停止”だ。」
「マスター、たまに詩人ですよね。」
「たまに、が丁度いいんだよ。」
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すると、車両の奥から足音がした。
黒いスーツの男。
胸には《ヒーロー監察局》のバッジ。
「……“カフェ・ヴィラン”のマスター、アオトさんですね?」
「違うな。俺は“旅する観光客”だ。」
「なるほど。……では観光の目的地は?」
「次の朝だよ。」
男は一瞬だけ黙って、席の前に立ったまま言った。
「――あなたの動きを監視するよう、上から命令が出ています。」
「監視ねぇ。正義もずいぶん暇なんだな。」
「……最近、あなたに“似た人物”が複数の場所で目撃されています。」
「流行ってんだよ、この顔。」
「笑い事ではありません。あなたの“データ”を使った模造存在の可能性が――」
「もう知ってる。」
監察官の目がわずかに揺れた。
その瞬間、列車がトンネルに入る。
灯りが落ち、闇の中に会話だけが残る。
「もしそいつに会ったら、どうするつもりです?」
「同じ顔の奴には、同じだけの矛盾を背負ってもらうさ。」
「……やっぱり、あなたは危険だ。」
「違ぇよ。俺はただ、“危険の自覚がある側”だ。」
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トンネルを抜ける。
光が戻り、男の姿は消えていた。
ミレイが目をぱちぱちさせて言う。
「え、マスター? 今、誰と話してたんです?」
「さぁな。夢の続きかもな。」
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列車は静かに走る。
窓の外に、夜明け前の空。
青と黒の境界が少しずつ滲んでいく。
「……なぁミレイ。」
「はい?」
「旅ってやつは、たまに現実より現実味がある。」
「難しいこと言いましたね。」
「眠いだけだよ。」
カップのコーヒーが、夜明けの光を受けて揺れた。
悪役の旅は、まだ途中。
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☕️ 次回予告
第58話「悪役、北都に降り立つ」
――「凍る街でも、コーヒーは熱いほうがいい。」
ちょっと休憩。
「悪役、ヒーロー試験の不正を暴く」
──悪役が一番よく見るのは、“正義の裏側”だ。
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夕方の【カフェ・ヴィラン】。
ミレイが帳簿を見ながら言う。
「マスター、今日ヒーロー学校の“実技試験日”だそうですよ」
「ああ、街に警備ドローン多いなと思ったらそれか。」
「マスターは受けたことあるんですか?」
「昔な。面倒だったから途中で帰った。」
「帰っちゃだめですよ!」
「だって筆記が“正義とは何か”を長文で書け、だぞ。
……悪役に答えさせる気ねぇだろ。」
ミレイが笑っていると、
カラン――とドアが開いた。
入ってきたのは、青白い顔のヒーロー候補生。
胸元には《実技試験候補:No.1476》のバッジ。
「ここ……悪役さんの店ですよね……?」
「そうだ。お前、未成年じゃねぇよな。」
「違います……! その……相談が……」
席に座るやいなや、彼は震える声で言った。
「試験、落とされます……
戦闘も救助も完璧なのに、点数が“ゼロ”なんです……!」
「ゼロ?」
ミレイが首をかしげる。
「そんなことあるんですか?」
「あるわけねぇだろ。」
俺は候補生のカードを受け取った。
試験評価欄には、
《正義適性:評価不能》
《協調性:要改善》
《倫理行動:基準外》
……全くのデタラメだ。
「で、お前。何した?」
「何もしてません!
ただ……“推薦状”を提出してないだけで……」
「あー。」
ミレイがピンと来た顔をした。
「つまり、コネがないと不利なやつ……?」
候補生がうつむく。
「助けた人の数、救助の成功率……
全部データにあるのに……
審査官から“君はタイプじゃない”って……」
「おい、それ面接じゃなくて合コンの落とし文句だろ。」
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俺は立ち上がる。
「場所案内しろ。試験会場行くぞ。」
「えっ!? マスター行くんですか!?」
「こういう理不尽は嫌いなんだよ。
悪役にも品性ってもんがある。」
ミレイも慌ててついてくる。
「ま、待ってください!私も行きます!」
⸺
ヒーロー学校・試験本部
ドアを開けた瞬間、空気が臭かった。
“正義の汗”じゃねぇ。
“保身と恐怖の匂い”だ。
審査官が偉そうに言ってくる。
「ここは候補生以外立入禁止だ。
ああ、あなたは……元・悪役ですね?」
「そうだ。で、これはなんだ?」
俺は候補生の不正評価カードを突き出す。
「戦闘・救助が満点なのに倫理ゼロ?
どういう理屈だ、説明しろ。」
審査官は鼻で笑った。
「ヒーローに必要なのは“清廉性”です。
この候補生は……その、見た目が少し……暗い。」
「性格ではなく見た目で判定?
お前、ヒーローじゃなくてファッション誌つくってんのか。」
ミレイもキレる。
「見た目でゼロ!? そんなの絶対おかしいです!」
審査官は書類を隠すように手を置いた。
だが遅い。
俺はひょいと奪う。
中身には――
特定候補生だけが“事前優遇リスト”入りしていた。
つまり完全な出来レースだ。
候補生は震えていた。
「やっぱり……僕は落とされるんですね……」
俺は書類を破った。
ビリビリッ。
審査官「!? な、何を――」
「これが存在してる時点で試験は無効だ。
本当に正義やりたいなら、こんなカビみてぇな審査必要ねぇ。」
審査官が怒鳴る。
「あなたにヒーロー制度の何が分かる!?」
「知らねぇよ。
ただ――悪役やってたから分かる。」
俺は候補生の背中を軽く叩いた。
「“守る力”は、選ばれた奴の特権じゃねぇ。
立ち上がった奴のもんだ。」
候補生の目に光が戻る。
「……アオトさん……!」
ミレイが笑う。
「マスター、今日カッコよすぎません?」
「黙れ。俺は正義の味方のつもりはねぇ。」
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帰り道、候補生が礼を言った。
「僕……もう一度挑戦します!」
「勝手にしろ。
ただし――次は自分の正義で立て。」
候補生が走っていく。
ミレイがぽつり。
「マスター、ほんとは……」
「言うな。
俺は悪役だ。
ただ、腐った正義は嫌いなだけだ。」
──悪役は正義の邪魔をする存在。
だが、時々“腐りかけの正義”だけは壊してやりたくなる。
……ま、たまにはいいだろ。




