第56話 悪役、温泉で正義と遭遇する
──混浴より、修羅場の方が落ち着く。
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夜。
湯けむりと虫の声。
露天風呂の縁で、俺は湯をすくってぼんやりしてた。
※水着着用
「……静かだな。」
「たまにはいいですね、こういうの。」
隣でミレイが肩まで浸かって、ふうっと息を吐く。
湯気が光に揺れて、空気まで柔らかい。
悪役の肩も、少しだけ軽くなる――そんな瞬間。
「――あれ、見覚えのある顔だ。」
湯けむりの向こう。
筋肉で湯を割るように現れたのは――ツバサ。
タオルを頭に乗せ、爽やかスマイル全開。
「奇遇っすね、マスター!」
「……なんでお前がここにいる。」
「旅の途中で温泉、最高ですよね!」
「お前、正義辞めてもテンションはそのままか。」
ミレイが苦笑する。
「ツバサさんも旅行ですか?」
「はい!リフレッシュついでに、地域の平和パトロールっす!」
「……それ、もはや職業病じゃない?」
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その時、宿の上空を何かが閃いた。
青白い光。ドローンのようで、でも速すぎる。
ツバサが立ち上がる。
「……今の、ただの撮影機じゃありません。」
「こっちは風呂入ってんだ。後にしろ。」
「マスター!裸のまま戦うのはやめてください!」
「悪役のポリシー的にも無理だ。」
湯けむりを割って、謎の機械兵が数体降り立つ。
黒いマント、銀の装甲――“正義システム”の残骸。
「うわ、こっち来ます!」
「風呂覗く趣味か、こいつら。」
俺は湯桶を一つ、ひょいと投げた。
ガン、と機械の顔に直撃。
「……命中率、まだ鈍ってねぇな。」
ツバサが構える。
「マスター、背中は任せてください!」
「頼んだぞ。“湯上がりヒーロー”!」
「ダサいあだ名ありがとうございます!」
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数分後。
機械兵は湯船に沈み、静寂が戻った。
ミレイがタオルを投げながら言う。
「……温泉壊したら宿代倍ですよ。」
「正義と悪、風呂の賠償責任には勝てねぇな。」
ツバサが笑う。
「でも、楽しかったです! またご一緒に!」
「いや、遠慮しとく。俺は旅する悪だ、湯気のように気まぐれなんでな。」
「……カッコつけましたね。」
「湯冷め防止のポーズだ。」
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夜風が吹く。
壊れたドローンの奥で、かすかに通信が点滅していた。
【対象:アオト。確認。次段階へ移行】
誰もその光には気づかなかった。
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☕️ 次回予告
第57話「悪役、夜行列車に乗る」
――「眠れねぇ夜ほど、悪役は似合う。」




