第55話 悪役、観光地でスカウトされる
──悪ってのは、どこ行っても“珍獣扱い”される。
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温泉街に着いた瞬間、俺は思った。
「……湯気、多すぎだろ。」
通り全体がスチームサウナ。
湯気の中から観光客と、浴衣姿のカップル。
あと、謎のゆるキャラ《湯けむり戦士オンセンジャー》。
どう見ても戦闘力はゼロ。
「マスター、楽しそうですね!」
「俺のどこが?」
「眉間のシワがいつもより浅いです。」
「それは気温のせいだ。」
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露店を見てると、屋台の親父が声をかけてきた。
「おっ、兄ちゃんいいツラしてるな! 役者か?」
「悪役だ。」
「おぉ、悪役か! 本物は久しぶりに見た!」
「動物園かここは。」
親父は笑いながら名刺を出した。
「温泉PR動画撮ってんだよ。出てみねぇか?」
「……悪役が宣伝って矛盾してねぇか?」
「だから面白ぇんだよ!“悪が癒やしを語る”って企画だ!」
「誰得だ、それ。」
後ろでミレイがキラッと目を輝かせる。
「出ましょうよマスター!バズります!」
「バズってどうする。俺は火傷するタイプだぞ。」
「大丈夫です!温泉あります!」
「論理が崩壊してるぞ。」
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結局、撮影現場へ。
浴衣姿でコーヒーを淹れる悪役という謎構図。
カメラマンが言う。
「はい、“悪が淹れる一杯の癒し”、入りまーす!」
湯気と湯気が混ざって、カフェなのか温泉なのか分からない。
「……地獄の撮影だな。」
「でも、楽しそうですよ?」
「……湯気で誤魔化されてるだけだ。」
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撮影後、ミレイが笑って言った。
「これで“旅する悪役バリスタ”として人気出ますね!」
「勝手に肩書き増やすな。俺は悪役兼フリーターだ。」
「じゃあ“フリーター界の悪役”で。」
「響きが貧乏くさい。」
二人で笑いながら、湯上がりの街を歩く。
その背後で――誰かの視線。
屋根の上に、黒いマントの影がひとつ。
「……監視、か。」
「どうしました?」
「いや、気のせいだ。」
夜風が冷たい。
けど、湯の香りとミレイの笑い声が、まだ残ってた。
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☕️ 次回予告
第56話「悪役、温泉で正義と遭遇する」
――「混浴より修羅場の方が落ち着くな。」




