第54話 悪役、旅に出る
──コーヒーは、淹れ方より持ち歩き方が難しい。
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朝焼けの街は、コンクリートがまだ眠そうだった。
店のシャッターを下ろす音が、やけに大きく響く。
張り紙には、こう書いた。
「臨時休業。マスター、メンテナンス中。」
……我ながら、便利な言葉だ。
バッグには、最低限の服とドリップバッグ。
それと、ミレイが勝手に詰めたお菓子。
「甘いもので人生は救えます」とか書いてあったけど、
正直、砂糖の過剰摂取だ。
「……ま、行くか。」
電車の音と、朝の風。
俺はカフェを後にした。
行き先は決めてない。ただ、“遠く”へ。
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最初の目的地は、かつて怪人が暴れていた旧市街。
今は観光地として整備され、“ヒーロー記念通り”なんて看板が立ってる。
「皮肉だな。破壊した場所が、今じゃフォトスポットか。」
屋台のコーヒーを一杯飲んでいると、隣の客が言った。
「ここ、昔“悪役”が住んでたらしいですよ。
でも、最後は街を守って消えたんだって。」
「……そいつ、だいぶ都合よく編集されてんな。」
「いい話っすよね!」
「そうか。本人が聞いたらコーヒー吹くと思うけどな。」
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夕方。
川沿いのベンチで休んでいると、
聞き慣れた声が背後から飛んできた。
「……やっぱりいた! 置いていくなんてひどいです!」
振り向けば、ミレイ。
息を切らして、バッグを抱えて立っていた。
「誰もいないカフェ見て、泣きそうになりました!」
「じゃあ、戻れ。」
「戻りません!」
「めんどくせぇヒロインだな。」
ミレイは笑いながら隣に座る。
「旅の相棒、空席でしたよね?」
「いや、最初から一人旅の予定だ。」
「でもコーヒーは二人で飲んだ方が温かいです。」
「……うるせぇ。砂糖入れすぎんなよ。」
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夕暮れの風が、二人のカップを冷ます。
遠くで電車の音が鳴り、街の灯がゆっくりと灯る。
「マスター、次どこ行きます?」
「知らねぇ。けど、行き先が分かってたら旅になんねぇだろ。」
「……カッコつけましたね。」
「悪役の生き方講座、開講中だ。」
ミレイが笑う。
その横顔を見ながら、俺はカップを掲げた。
「――じゃあ、悪と平和と砂糖に、乾杯だ。」
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☕️ 次回予告
第55話「悪役、観光地でスカウトされる」
――“悪役カフェ in 温泉街”、まさかの出張開店!?




