第53話 悪役、残響を歩く
──消えた悪役ほど、後味がいい。
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コピーが霧のように溶けてから、数日後。
街も店も、何事もなかったように動き始めていた。
……俺以外はな。
「マスター、これ見てください!」
ミレイがスマホを持って駆け込んできた。
その顔は、ニュースを見つけた子どものようにキラキラしている。嫌な予感しかしない。
「夜の路地で、“マントの男”が壊れた自販機を直してたらしいんです!
しかも猫を抱いて、コーヒーまで持ってたとか!」
「職業:なんなんだそいつ。」
「ネットでは“幽霊の善人”って呼ばれてて、今バズってるんです!」
俺はカウンターに肘をつき、ため息をひとつ。
「で、顔は?」
「影で見えません。でも、マントと立ち姿がマスターにそっくりで。」
「……俺、夜中に副業してんのか。」
ミレイは少し不安げに言った。
「まさか、あのコピー……まだ?」
「いや、あいつが残ってたら、まずここ掃除してる。」
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動画を覗く。
夜霧の中、マントの裾を揺らし、黙って歩く“俺”。
壊れた自販機を軽く叩き、猫を撫でて、静かに去っていく。
顔も声もないのに、分かる。
あの癖、あの呼吸。――間違いなく“俺”だった。
「……コピーのくせに、地味なヒーロー活動しやがって。」
「でも、なんか優しいですよね。」
「悪役ってのはな、優しい奴ほどややこしいんだ。」
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俺はカップを手に取り、苦い一口を飲んだ。
少しぬるい。
それでも、妙に落ち着く味だった。
「……まぁいい。霧は風が吹けば消える。
ただ、“誰かの記憶”に残るなら、それで十分だ。」
「つまり?」
「悪役ってのはな、消えた後の方が物語に都合がいい。」
ミレイが笑って言う。
「マスター、消えたら困りますよ?」
「じゃあ、もう少しだけ残ってやるさ。
せめて――コーヒー冷めるまでは。」
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その夜、
路地裏の監視カメラの死角で、マントの裾がふわりと揺れた。
風か、幻か、それとも――残響か。
“悪役”は、完全には消えない。
ただ、世界の片隅で、静かにリブートしてるだけだ。
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☕️ 次回予告
第53話「悪役、旅に出る」
――コーヒーは淹れ方より、持ち歩き方が難しい。




