第51話 悪役、弟子ができる
──悪役にも、教育の義務があるらしい。
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「弟子にしてください。」
朝一番、カフェのドアを開けてその言葉。
聞き間違いかと思った。
けど、目の前の男は――“俺”だった。
姿も声も、完璧にコピー。
ただ、その目だけが、透き通っていた。
感情がないのに、やけに真っすぐで。
「……お前、ニュースのスターだな。猫助けてたろ。」
「人命救助行為。悪の記録を更新するためです。」
「悪の記録を“更新”? ずいぶん物騒な表現だな。」
「あなたは“悪役”を演じ、理解を得た。
私は“悪”を解析し、削除する。
目的は同じはずです。」
「真逆だ。俺は“悪”があるからこそ正義が成り立つと思ってる。」
「では、その矛盾を学びます。」
……いや、入塾試験からやり直せ。
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結局、ミレイが勝手にカフェに入れた。
「せっかくだし、少し様子見ましょう?
危険そうならツバサさん呼びますから!」
「お前、危険の定義どこに置いてんだ。」
コピーは真面目に皿を拭いている。
いや、正確には拭きすぎている。
鏡みたいにピカピカだ。
「ピカピカにするのが悪役の仕事か?」
「不快感を与えるのが“悪”なら、清潔は正義です。」
「哲学っぽい暴論だな。」
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昼、客が増える。
ミレイが手一杯になっていると、コピーがすっと前に出た。
「ようこそ。カフェ・ヴィランへ。
本日のおすすめは“矛盾ブレンド”です。」
客が笑う。
……あの野郎、受けてやがる。
「お前、バイト続ける気か?」
「悪を演じる実践として有効です。」
「もう少し悪びれろ。」
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夕方。
カフェの片隅で、コピーが俺の動きをじっと見ていた。
コーヒーを淹れる角度、指の癖、ため息のリズムまで。
「何を見てんだ。」
「矛盾の研究です。」
「で、何か見えたか?」
「“人間の悪”は、正義より優しい。」
一瞬、手が止まった。
コピーの顔には、初めて小さな“揺れ”があった。
まるで、自分の言葉に戸惑ったみたいに。
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閉店後。
外に出ると、レオンが街灯の下にいた。
「……システム、暴走しかけてる。
コピーたちは、次々自我を持ち始めてる。」
「そっちも弟子が増えたか。」
「笑いごとじゃねぇぞ。
お前のが“最初の自我持ち”だ。つまり、原型。」
「……厄介な親ってわけだ。」
レオンはコートの襟を上げ、ため息をつく。
「コピー、どこまで育てる気だ?」
「わかんねぇけど――」
俺はカフェの灯りを振り返った。
「とりあえず、今夜の課題は“苦い笑い方”だな。」
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☕️次回予告
第52話「悪役、弟子に裏切られる」
――“成長ってのは、だいたい教師を困らせる方向に進む。”




