第50話 悪役、再演される
──正義がコピーを作る時点で、もうバグってる。
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「マスター、ニュース見ました?」
カウンター越しにツバサがスマホを突き出してきた。
画面には、ぼやけた監視映像。
夜の街で、倒壊しかけたビルから子猫を救い出す黒いコートの男。
その手には――テイクアウト用のコーヒーカップ。
「……これ、マスターっすよね?」
「俺、猫よりカフェオレ派だ。」
「いや、そういう問題じゃなくて!」
ミレイも不安げに覗き込む。
「ニュースでは“正体不明の人物”って……でも、顔も仕草も完全にアオトさんです。」
「俺に似た奴なんて山ほどいるさ。
ヒーローのコスプレ市場とか、見たことないのか。」
「マスターのコスプレ需要ないと思いますけど。」
「だよな。」
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昼すぎ。
店の前に、見慣れた黒いコートが立っていた。
雨粒に濡れた襟、冷たい目。
「……来たか、レオン。」
「相変わらず、雨の日にしか会わねぇな。」
レオンが椅子に座ると、いつものようにコーヒーを一口。
苦笑しながら、低く言った。
「……お前の“コピー”、本当に動き出してる。」
「やっぱ、あれ俺似すぎだよな。」
「似すぎも何も、元データが“お前”なんだ。」
俺はカップを置いた。
音が妙に重く響く。
「……システムの話か。」
「そうだ。“悪”を完全排除する正義システム。
初期データには“悪役行動パターンモデル・アオト”って名前がある。」
「センス悪ぃな。」
「だろ? けど、もう止まらねぇ。
奴は“お前を模倣して”、悪を消してる。」
「皮肉だな。悪役のコピーが、正義の味方やってんのか。」
「問題は――奴が“お前本人”として認識されてることだ。」
静寂。
コーヒーの香りだけが、やけに遠い。
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「……お前、どうする気だ。」
「俺か?」
「放っとけば、“本物”のお前が悪者にされるぞ。」
「悪者にされるのは慣れてる。
むしろ、役者冥利ってやつだろ。」
「……お前、ほんとブレねぇな。」
レオンは立ち上がり、濡れた帽子を被った。
「システムの奥に、まだ誰かがいる。
それを止めるまでは、俺は中に残る。」
「また敵か味方かわからねぇ立ち位置か。」
「いつものことだろ。」
ドアのベルが、カランと鳴る。
雨の音が遠ざかる。
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ミレイがカップを拭きながら、ぽつりと言った。
「……そのコピー、もしまた現れたらどうします?」
「簡単さ。」
俺は窓の外を見ながら、ゆっくり笑った。
「次はちゃんと、舞台の上で共演してやる。」
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次回予告
第51話「悪役、弟子ができる」
――“師弟関係ってのは、だいたいロクな結末にならない。”




