第48話 悪役、子どもにヒーローと間違えられる
──“悪”にも休憩時間はある。
ただ、たまにその休憩に“やっかいな天使”が迷い込む。
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昼下がりのカフェ・ヴィラン。
店内は心地よく静かで、
ジャズがコーヒーの香りに溶けていた。
そんな中、ドアのベルがカランと鳴る。
「……? ひとりか?」
入ってきたのは、小学生くらいの男の子。
両手で小さなコインケースを握りしめて、
不安げに辺りを見回している。
「ぼ、僕……ヒーローのマスターさんに会いに来ました!」
……は?
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「間違いだ。うちは悪役専門店だ。」
「でも、ここのマスターが、
悪い人たちからヒーローを守ったって……!」
……誰がそんな都市伝説を広めた。
ミレイが厨房からひょこっと顔を出す。
「あ、それ多分ツバサさんが話してたやつですよ!」
「またあの喋鬼屋か。」
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少年はテーブルに座り、
ぎこちなくストローをくわえてココアを飲む。
「ヒーローって、かっこいいよね。」
「そうか?」
「だって、誰かを守るんでしょ?」
俺は一瞬、返す言葉を失った。
“守る”なんて言葉、もう何年も使ってない。
「……守るってのはな、疲れるんだよ。」
「でも、それでも守るんだよね?」
「……ガキのくせに、よく喋るな。」
少年は笑った。
その笑顔が、少し眩しくて、苦かった。
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帰り際、少年は玄関で振り向いた。
「ありがとう、ヒーローさん!」
「……俺は悪役だ。」
「ううん、悪役って言う“名前のヒーロー”でしょ?」
そう言って、走って帰っていった。
残されたのは、飲みかけのココアと、
小さな紙ナプキンに描かれたヒーローの落書き。
──黒いマントを着た、無表情なヒーロー。
……どう見ても俺だった。
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ミレイが片付けながら笑う。
「子どもって、嘘つかないですよね。」
「だから厄介なんだよ。」
「でも、嬉しかったでしょ?」
「……悪役は笑わない主義だ。」
「じゃあ、いまの顔はどう説明します?」
「湯気だ。」
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☕️ 次回予告
第49話「悪役、休日に誘われる」
――「“みんなでピクニック”って、どの地獄の拷問ですか?」




