第42話 悪役、知らない誰かに感謝される
──感謝ってのは、だいたい遅れて届く。
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朝。
カフェ・ヴィランの開店準備中。
ミレイがポストを見て、眉をひそめた。
「マスター、なんか手紙届いてますよ?」
「請求書なら見なかったことにしろ。」
「封筒がピンクです!」
「……なおさら嫌な予感しかしねぇ。」
渡された封筒には、差出人の名前がない。
でも、手書きで丁寧に宛名が書かれていた。
“カフェ・ヴィランのマスターへ”
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封を開けると、便箋が一枚。
走り書きのような文字で、こう綴られていた。
あの日、夜遅くにコーヒーをいただいた者です。
あの時は何も言えませんでしたが、
あの一杯がなかったら、
たぶん自分を嫌いなままで終わってました。
ありがとうございました。
文の最後に、震えるようなサイン。
“未来のヒーローより”
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「マスター……これ、もしかしてあの高校生じゃ?」
ミレイがそっと覗き込む。
俺は黙って、カップを棚に戻した。
「さあな。誰かの勘違いかもしれん。」
「でも、嬉しいですね。」
「……ああ。」
カウンターの奥、
まだ残っていた昨日の豆を挽く音だけが響いた。
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昼過ぎ、店はいつものようにゆるく混み始める。
客たちの笑い声、カップの音、
そして、窓の外では子どもが母親に叱られて泣いている。
「……感謝ってのは、本人のいないところで届くもんだな。」
俺がぽつりとつぶやくと、
ミレイがカップを磨きながら言った。
「悪役のくせに、いいこと言いますね。」
「悪役だから言えるんだよ。」
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閉店後。
テーブルの上に便箋を置いたまま、
俺は静かに灯りを落とした。
外では、また夜風が吹いている。
ヒーローでも悪役でもない誰かが、
今日もどこかで頑張ってる。
――それで十分だ。
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☕️ 次回予告
第43話「悪役、人気投票でまさかの一位になる」
――「……やめろ。照れるだろ。」




