第40話 悪役、昔のヒーローと再会する
──過去ってやつは、冷めても苦い。
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昼下がり。
カフェ・ヴィランにしては珍しく、空席が目立っていた。
静かな午後。
豆を挽く音と、雨の匂いだけが漂っている。
「マスター、今日のお客さん、少ないですね。」
「まぁ、平和なんだろ。悪が減ると客も減る。」
「それ、うちの経営的には困るやつです。」
そう言いながらミレイがカップを磨いていたとき――
ドアが開いた。
「……久しぶりだな。」
低い声。
立っていたのは、黒いジャケットに無造作な髪の男。
片目に古傷。
――昔、俺が戦ったヒーロー、“ハルカ・シン”。
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「コーヒー一つ。……ブラックで。」
「ヒーローがブラックなんて、らしくねぇな。」
「砂糖を入れるほど、甘い人生でもないんでな。」
俺は軽く笑ってカップを置いた。
ミレイがこっそり小声で聞く。
「マスター、知り合いですか?」
「まぁな。昔、殴り合った仲だ。」
「え、喧嘩ですか?」
「職務上だ。」
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コーヒーを一口飲んだハルカが、小さく息をついた。
「……変わったな、アオト。」
「変わってねぇさ。制服がエプロンになっただけだ。」
「それを変わったって言うんだよ。」
外の雨が少し強くなる。
店の空気も、少しだけ重くなった。
「お前、まだ“悪”でいられるのか?」
「まだってなんだ。心は一生現役だ。」
「ヒーローやってると、何が正しいのか分からなくなる。」
「それでコーヒー飲みに来たってわけか。」
「……かもな。」
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沈黙。
カップの縁に雨音が混じる。
やがて、ハルカが立ち上がった。
「また来るよ。……悪役のコーヒーは、落ち着く。」
「次は砂糖入れろ。甘いくらいが人生ちょうどいい。」
「お前、悪役のくせに優しいな。」
「悪役は、優しさの使い方を知ってるだけだ。」
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扉が閉まる。
残ったコーヒーの香りが、少しだけ苦く残る。
ミレイが小声で笑った。
「マスター、昔の友達、増えてますね。」
「そうだな。……みんな“敵”だったけどな。」
雨が止み、雲の切れ間から一筋の光。
その光の中で、俺は静かに独りごちた。
「――悪役ってのは、忘れられたヒーローの形かもな。」
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☕️ 次回予告
第42話「悪役、閉店時間を延長する」
――「客がいなくても、理由がある夜がある。」




