第39話 悪役、カフェで珍客に振り回される
──悪役の仕事は、街の平和よりも、カフェの平穏を守ること。
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午前。
ガチャ。
カフェ・ヴィランの扉が開いた瞬間、俺はコーヒー豆を挽く手を止めた。
見慣れない客が二人。
肩を寄せ、入口で“家の鍵探す人”みたいにモジモジしている。
そして次の瞬間――
少女が俺を指差して叫んだ。
「ほ、本物だッ! 悪役のコスプレしてる!」
…………どこから訂正するべきだ?
俺はミレイに目だけ動かして囁いた。
「ミレイ。今日は嵐が来るぞ。」
「天気予報ですか?」
「悪役予報だ。」
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二人はヒーロー衣装の青年と、マスク少女。
“ヒーローごっこクラブ”らしい。
もはや嫌な予感しかしない。
「お願いがあります!」
青年が胸を張りすぎて、マントが客席にひっかかってる。
「悪役役、やってください!」
「悪役役?」
「はい! 劇のラスボスをお願いします!」
「……俺、現役じゃないんだが。」
「元でも“伝説級の悪”は消えません!」
「いや、なんだその褒めてるようで褒めてねぇ感じ。」
ミレイが小声で。
「マスター、逃げるなら今です。」
「悪役が依頼から逃げたら、それもうヒーローじゃねぇか。」
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青年が台詞を読む準備。
少女はマスク越しに震えている。
台本はぐしゃぐしゃ。
もう不安しかない。
俺は立ち上がり、軽く肩を鳴らした。
「悪役の台詞はな、こうだ。」
「ご、ご指導お願いしますッ!」
胸を張り、指を突き出し、低く響く声で――
「フハハハ……! 俺が立ちはだかる限り、
お前たちの“文化祭ノリの平和”など訪れぬ!!」
青年と少女、衝撃を受ける。
「文化祭って言った!?」
「ラスボスの格が違う……!」
ミレイが呆れた目で見てくる。
「マスター、結構楽しんでますよね。」
「は? 俺は仕事してるだけだ。」
「カフェで悪役の仕事しないでください。」
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あっという間の即席公演は、予想外に盛り上がり、
二人はテンションMAXで帰っていった。
「ありがとうございました! 次は仲間も連れてきます!」
「やめろ。うちは動物園じゃない。」
扉が閉まると同時に、ミレイが腕を組んでため息。
「……マスター、完全に“悪役ショウのお兄さん”でしたよ。」
「違う。俺はカフェのマスターだ。」
「じゃあこの“悪役ボイス”は何ですか?」
「サービスだ。」
「どこに需要が……いや、あるか。」
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午後。
カフェは静かになり、窓から差す光がコーヒーの湯気を照らす。
俺はカップを手に、独りごちた。
「……やっぱ、悪役の時間はいいな。」
雨上がりの街、軽く笑う影がカフェの外を通り過ぎた。
誰も正体を知らない。
でも、それでいい。
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☕️ 次回予告
第40話「悪役、昔のヒーローと再会する」
――「懐かしい顔か……いや、面倒な奴だ。」




