第38話 悪役、ヒーローからのオファーを断る
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──頼まれても、悪役は自由が一番だ。
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朝。
カフェ・ヴィランの扉を開けた瞬間、俺の足は止まった。
郵便受けに封筒が二通。
一つは昨日の“名誉ヒーロー”とかいう黒歴史系案件。
そして、案の定もう一つは――ヒーロー協会。
「……またかよ。俺に何を期待してんだ、あいつら。」
ミレイが封筒をつまみ上げて眉を寄せる。
「開けます? また“友情出演:悪役”みたいな扱いですかね。」
「いや、どうせ“断りづらい雰囲気だけ出してくる手書きメモ”だ。」
開封すると、見事に予想的中。
『ブラック・アオトン殿
次期作戦にご協力願いたく存じます。
ご都合はいかがでしょうか?』
手書きのクセして、文章だけ妙に丁寧なのが腹立つ。
「……なぁミレイ。俺、いつから“都合を伺われる側の悪役”になった?」
「人気が出てきた証拠ですよ。悪にも人望が。」
「悪に人望はいらねぇんだよ。火薬と自由があれば充分。」
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昼。
カフェにふらっと現れたのは、元ヒーローのカンザキ兄妹。
見た瞬間、俺は席を立とうか迷った。いや、立つ前に逃げたかった。
「アオト、聞いたぞ。名誉ヒーローになったんだってな?」
「誰が言いふらしたんだ。俺はただのコーヒー淹れる悪役だ。」
「まぁまぁ。お祝いでケーキ持ってきたんだ。ほら。」
渡されたのは、妙に可愛らしいミニケーキ。
悪役のイメージを台無しにする甘さだ。
「……悪役的には、許す。」
「いや、その基準何なんだよ。」
「生き残るには“敵に甘さを見せない”って大事だろ。
お前らは甘すぎなんだよ。ケーキだけじゃなくて。」
ミレイがくすっと笑う。
「マスターの悪役理論、だいぶ偏ってますけどね。」
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夕方。
外では静かに雨。
この街で一番の“悪役カフェ”には、今日も常連客の体温が漂っている。
俺はコーヒーを淹れながら、窓の外に視線を投げた。
「……さて。今日も自由に悪やるか。」
「はい、マスターの好きな時間ですね。」
ミレイが言う声は、雨より静かで、雷より信頼できる。
――命令されず、止められず、好き勝手に悪を名乗る。
これ以上の贅沢はない。
外の雨が止み、街灯に映る水滴がキラッと輝いた。
今日もまた、悪役の日常がひっそりと始まる。
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☕️ 次回予告
第39話「悪役、カフェで“珍客”に振り回される」
――「常連? いや、“手に負えない”客って呼ぶんだよ。」
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