第36話 悪役、名誉ヒーローに推薦される
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いつのまにか、俺の名前が“正義側の名簿”にあった。
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朝。
カフェ・ヴィランのポストから封筒が落ちた。
赤い印章に「ヒーロー協会推薦課」。
ろくでもない予感しかしない。
「マスター、また変な郵便来てますけど」
「また、だと?」
「“名誉ヒーロー推薦通知”。」
「……誤配達だな。」
「宛名、“アオト・クロノ”です。」
「……誤植だな。」
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書面にはしっかり書かれていた。
“あなたの功績(※悪役活動を通じた社会的啓発)を讃え、
本協会はあなたを“名誉ヒーロー”として推薦いたします。”
……皮肉にしては完成度が高すぎる。
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昼。
取材の電話が鳴りやまない。
「元悪役が名誉ヒーローに!?」
「世間を反省させた“悪の哲学者”!」
「カフェ・ヴィラン、道徳教育の聖地化!」
俺、ただの喫茶店経営者なんだが。
ミレイが苦笑いで言った。
「マスター、もう“悪役の顔”やめたほうがいいんじゃ?」
「無理だな。コーヒーの苦味にまで滲みついてる。」
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夕方。
レオンからのメッセージ。
《お前、ニュース出てたぞ。“正義代表の元悪役”。笑えるな。》
《笑ってるうちはまだマシだ。俺の看板に花でも供えてくれ。》
《供花より拍手だろ。今のお前、ヒーローより眩しいぜ。》
……冗談でも、背中がむず痒い。
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夜。
店のドアが鳴る。
入ってきたのは、白いスーツに見覚えのある男――ヒロシだった。
「お前が“名誉ヒーロー”とはな。
ようやく俺の側に来たか?」
「断る。俺はまだ、悪の残業中だ。」
ヒロシが笑って言う。
「悪役がいないと、正義は仕事できない。
でも今の世の中、お前みたいな“悪”が一番必要かもな。」
「光栄だね。褒め言葉はブラックで頼む。」
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ヒロシが去ったあと、ミレイがぽつり。
「ねぇマスター。
本当に“悪役”って、もういらないんですかね?」
「さぁな。
でも“悪がいらない世界”ほど、正義が暴れるもんだ。」
カップを傾ける。
冷めたコーヒーが少しだけ甘く感じた。
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翌朝、新聞の見出しにデカデカと載っていた。
“悪役出身、名誉ヒーローへ――時代が選んだ“新しい正義””
……コーヒー吹いた。
「ミレイ、訂正出しとけ。」
「どんなです?」
「“悪役、ただの喫茶店マスターです”ってな。」
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外はもう春の匂い。
だけど、影の濃さは変わらない。
――悪がいなくても、正義はきっと暴れる。
そのとき止めるのが、俺の仕事だ。
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☕️ 次回予告
第38話「悪役、正義の表彰式で台無しにする」
――「スピーチ? 皮肉しか出ねぇぞ。」




