第35話 悪役、正義のオーディションを受ける
──正義にもオーディションがあるらしい。
悪役が受けても、誰も止めなかった。
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昼下がり、カフェ・ヴィランに一通の封筒が届いた。
差出人は「ヒーロー協会・広報部」。
中にはこう書かれていた。
“次期ヒーローPRキャンペーン出演者募集。
正義を演じられる者、歓迎。”
「……ミレイ。なんかの嫌がらせか?」
「いえ、本物みたいです。応募条件に“悪役経験者歓迎”ってあります」
「どんなキャンペーンだよそれ。」
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その日の夕方。
俺はなんとなく、会場に立っていた。
ヒーローたちがずらり。
筋肉、笑顔、ポーズの嵐。
その中に、コート姿の俺。完全に浮いてた。
「おい、あれ悪役のアオトじゃね?」
「なんで来てんの? 間違えてる?」
「いや、案外ウケ狙いかもな。」
……うるせぇ。
“正義の人混み”って、酸素が薄い。
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審査員席に座っていたのは、昔見た顔――
元ヒーローのゴウ•ヒロシ。
白いスーツにサングラス、相変わらず風を切るような声。
「へぇ、アオトが来るとはな。
お前が“正義”をやるって、冗談だろ?」
「いや、ちょっとバイト代が良くてな。」
「悪役のくせに現実的だな。」
「悪役だからだよ。理想より生活費優先だ。」
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オーディション内容は「ヒーローとしての正義感を表現する一言」。
順番が来て、俺の前の若手ヒーローが叫ぶ。
「この拳は、愛のために!」
「この剣は、平和のために!」
……青春って、だいぶ騒がしい。
そして、俺の番。
「あなたの正義を、どう表現しますか?」
「えー……『悪役がいないと、お前らの出番がない』、かな。」
会場、静寂。
ヒロシ、苦笑。
ミレイ(観客席)、顔を覆う。
「不採用だな。」
「知ってる。」
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帰り際、ヒロシが声をかけてきた。
「なぁ、アオト。
お前、まだ正義を信じてないのか?」
「信じてるさ。
ただ、信用してないだけだ。」
ヒロシは少し黙ってから笑った。
「お前、昔より丸くなったな。」
「コーヒー淹れてると、角も削れる。」
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夜。
店に戻ると、カウンターに新しい封筒。
差出人不明。
中には、例のオーディションの写真――
俺の“偽者”が、ステージ上で笑っていた。
“合格おめでとう。あなたの正義、採用されました。”
「……また、やってくれたな。」
ミレイが息をのむ。
「マスター、これ――」
「うん。
悪役の座、また奪われたっぽいな。」
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外では、夜風が看板を揺らしていた。
笑っているような音だった。
「まぁいい。
どうせまた“俺の仕事”を増やすだけだ。」
――悪役の稼業、正義に忙殺される。
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次回予告
第37話「悪役、名誉ヒーローに推薦される」
――「頼むから放っとけ、俺は悪でいたいんだよ。」




