第34話 悪役、コピーと共演する
──“俺”が2人いれば、世界は2倍うるさい。
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夜の倉庫街。
湿った風と、古いネオンの点滅。
そこに立っていたのは――“俺”。
髪の癖も、指の動きも、呼吸のリズムさえも、完璧。
ただ一つ違うのは、目の奥に“光”があること。
「……で、お前は何をしたいんだ?」
「秩序の回復だ。君が放棄した“悪役”を、正しく演じ直す。」
「俺、放棄した覚えねぇけどな。」
「ではなぜ、カフェなんてやっている?」
「社会復帰だよ。悪役にもリハビリ期間ってもんがある。」
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“俺”は笑わなかった。
代わりに、録音のような声で淡々と言う。
「人間は迷う。正義は迷わない。
だから、君を更新する。」
……更新。
スマホのアプリみたいに言いやがる。
「便利な時代だな。悪役も上書き保存か?」
「不要なデータは削除する。」
「それ、つまり俺を消すってことだろ。」
「そうだ。君は、矛盾している。」
「悪が矛盾してなきゃ、正義が困るだろ。」
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沈黙。
雨の音だけが続く。
“俺”が一歩近づくたびに、足音が完全に同じタイミングで響く。
「……質問だ。
お前のコーヒーは、苦いか?」
「味覚情報は無い。」
「だろうな。じゃあ、正義の味も分かんねぇだろ。」
“俺”の顔が、初めてわずかに揺れた。
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次の瞬間、拳が飛ぶ。
反射的に受け止める。
重い。
けど――どこか優しい。
「その手、壊すなよ。
悪役が傷つくのは舞台の上だけでいい。」
「……君はまだ、悪を演じているのか。」
「演じるさ。
正義の役者が消えたら、誰が子どもを泣かせる?」
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短い衝突のあと、“俺”は動かなくなった。
ただ、消える直前に呟いた。
「……君の矛盾、羨ましい。」
そして霧のように溶けていった。
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帰り道。
ミレイが店の灯をつけて待っていた。
「お帰りなさい。……相手は?」
「ちょっとした影芝居だ。幕は下りた。」
「またコピーとか作られたらどうします?」
「そん時ゃ、もうひとつカフェ出すさ。“カフェ・コピー”。」
「……誰が行くんです、それ。」
「悪役マニアと物好きだな。」
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俺はカップを洗いながら、鏡に映る自分を見た。
そこに映るのは――確かに“俺”。
でもほんの少しだけ、違う表情をしていた。
「……まぁ、いいか。」
コーヒーの香りに包まれた夜。
矛盾だらけの悪役には、それくらいがちょうどいい。
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☕️ 次回予告
第35話「悪役、正義のオーディションを受ける」
――「今さら正義役? ……まぁ、台詞少ないなら考える。」




