第33話 悪役、正義を名乗る影を追う
──人は、似た声を信じやすい。
たとえそれが、地獄の録音でも。
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翌朝。
カフェ・ヴィランは、開店時間を過ぎてもシャッターが半分しか上がらなかった。
理由は簡単――俺が眠れてない。
「……マスター、まさか徹夜ですか?」
「いや、正義に起こされた。」
「……寝言のレベル高いですね。」
ミレイがあきれた顔でポットを差し出す。
苦味の強い豆の香りが、少しだけ頭を戻してくれる。
「昨日の映像、また拡散されてます」
「知ってる。俺の“ファンアカウント”まで出来てた。」
「マスターの偽善botですか?」
「いや、“癒し系悪役bot”。俺より丸い。」
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ふと、店の隅に見慣れない封筒。
開けると、中にはUSBと一枚の紙。
“真実を、見せましょう。カフェ・ヴィランへ。”
無記名。
宛先、俺。
「また宣伝か?」
「マスター、さすがに開けちゃダメです」
「ミレイ、俺を誰だと思ってる。」
「すぐ開ける人です。」
「正解。」
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パソコンに差し込むと、映ったのは――
モニターの中、俺が人々の前で語っていた。
「正義とは秩序。秩序とは従順。従順こそが平和だ。」
……声、完璧に俺。
表情も、仕草も。
なのに――“俺の中身”が、どこにもいない。
「……これ、どこから?」
「不明です。編集じゃない、完全な再現です。」
「つまり、“俺”を作った奴がいる。」
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夜。
カフェの外、誰かの影が立っていた。
街灯の明かりに照らされて、その顔が見えた瞬間――思わず息を止める。
「……お前、まさか――」
俺の声で、そいつは笑った。
「お前の代わりは、もう要らない。
正義は、ちゃんと俺が演じる。」
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背筋が冷えた。
その笑い方は、俺が最も嫌っていた“俺”そのものだった。
「……やれやれ。
俺のコピー、口だけは一丁前だな。」
レオンへの言葉が、頭をよぎる。
『どっちにしても、俺のギャラは出てねぇ。』
そうだな。
じゃあ――今回も、後払いで片づけよう。
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「ミレイ、店番頼む。」
「どこ行くんです?」
「ちょっと、“俺”を名乗る奴に正義の請求書を出してくる。」
「領収書、要ります?」
「悪に経費は出ねぇよ。」
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外の空気は冷たかった。
ネオンの下、街のノイズに紛れて、誰かが笑っている。
それが俺か、そいつか。
もう区別なんて、どうでもよかった。
──悪役の仕事は、最後まで“自分の影”を演じ切ることだ。
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次回予告
第34話「悪役、コピーと共演する」
――「出来の悪い“俺”ほど、放っておけねぇんだよな。」




