第32話 悪役、正義の亡霊と再会する
──誰かが、俺の声で「正義」を語っていた。
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朝。
カフェ・ヴィランのスピーカーから、珍しくニュースが流れていた。
“昨夜、人気番組で元悪役アオト氏が『正義は秩序に従うべき』と発言――”
「……してねぇよ。」
俺はトーストを噛みながら、画面を睨む。
映像の中の“俺”は、ちゃんと笑って、ちゃんと喋っている。
ただし、内容だけが全部すり替わっていた。
ミレイが、パンくずをつけたまま顔を上げた。
「マスター、これ……どう見てもマスターの声ですけど」
「俺もそう思う。けど中身が“俺らしくなさすぎる”」
「優しすぎるって意味ですか?」
「違う。頭がよすぎる。」
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昼。
客の青年がスマホを見せながら笑った。
「見ました? あの動画。アオトさん、ついに更生したんすね!」
「……更生って言葉、まだこの国にあったんだな。」
「え?」
「気にすんな。砂糖多めでいいか?」
青年が帰ると、ミレイが小声で言った。
「これ、誰が流してるんでしょう」
「“正義”を売ってる奴らだよ。商売敵だな。」
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夕方。
レオンから一通のメッセージ。
《見た。あれ、システムの残響か、それとも誰かの手か。》
俺は返信した。
《どっちにしても、俺のギャラは出てねぇ。》
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夜。
雨の音だけが店を包む。
外灯の下、誰かの影が一瞬だけ映った。
でも、気のせいかもしれない。
カウンターの上に置かれた封筒。
中には一枚の写真。
俺とレオンが肩を並べて笑っている。
裏には赤い文字で、こう書かれていた。
“あなたの正義を、もう一度見せてください。”
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俺はしばらく黙って、コーヒーを啜った。
冷めかけてたけど、悪くない味だった。
「……なぁ、ミレイ。」
「はい?」
「正義って、腐るとどんな味だと思う?」
「……苦くて、でもちょっと甘い気がします。」
「だろうな。飲みすぎると胸焼けする。」
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外では雨がやまない。
窓に映った自分の顔が、一瞬だけ“他人みたいに”笑った。
「……ま、明日も営業だ。」
――亡霊の相手は、コーヒーを淹れてからでも遅くない。
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次回予告
第33話「悪役、正義を名乗る影を追う」
――「俺の悪役、勝手に独立してんじゃねぇよ。」




