第3話 ヒーロー審査員にスカウトされた件について
──正義側は、たまに距離感を盛大に間違える。
⸻
「ブラック・アオトンさん、ですよね。」
控室のドアがノックもなく開いて、
黒髪スーツの女が入ってきた。
背筋は真っ直ぐ、服にシワひとつなし。
顔も整ってる。
……ああ、こういう人はだいたい面倒な話しかしない。
俺はパイプ椅子に座ったまま、
自販機で買った缶コーヒーを開ける。
プシュ。
「えっと、クレームですか?
昨日のステージ、火薬多すぎたとか。」
「いえ。あなたを――スカウトしに来ました。」
「……スカウト?」
女は名刺を差し出した。
「ヒーロー管理局・審査官の美影ユリです。」
公的。
硬い。
そして、ろくなことにならない匂い。
「昨日のあなたの“悪役ぶり”、拝見しました。」
「はぁ。」
「非常にリアルでした。」
「そりゃどうも。実際に吹っ飛んでたんで。」
美影は一切、表情を崩さない。
「そこが評価ポイントです。」
「人が殴られて評価上がる世界、怖ぇな。」
⸻
どうやら昨日のショーがSNSでバズったらしい。
《本物すぎる悪役》
《倒され方がガチ》
《中の人、プロすぎ》
……ほっといてくれ。
その結果、
「ヒーロー候補としての素質あり」
という判断が出て、俺のところに来たそうだ。
「正義側に来る気はありませんか?」
「ないです。」
即答。
「安定した給料、社会保障、――」
「……一瞬だけ心が動きました。」
缶コーヒーを一口飲む。
苦い。安いやつだ。
⸻
「最近、ヒーロー登録者が増えすぎていて、
現場がかなり混乱しているんです。」
「知ってます。」
「だから、あなたのような――」
「現場慣れした“殴られ役”ですか。」
「……経験者、です。」
言い換えても意味は変わらない。
「ヒーロー教育係、という立場も検討しています。」
「悪役が?」
「悪役ほど、正義の危うさを知っていますから。」
……うまいこと言う。
⸻
そのとき、控室のモニターが点いた。
路上。
ヒーロー二人が言い争いから取っ組み合いになってる。
巻き込まれた一般人が転んだ。
『ヒーロー同士の衝突が発生。
通行人十名が軽傷――』
「……はいはい。」
俺は缶を振って、残りを飲み干す。
「増えすぎなんだよ。」
「え?」
「正義も、ヒーローも。
置き場が足りてねぇ。」
美影は一瞬だけ黙ってから、
ほんの少し笑った。
「あなた、思ったより冷めてますね。」
「熱心な正義が苦手なだけです。」
⸻
結局、スカウトは断った。
「正義側、向いてないんで。」
「理由は?」
「疲れそうなんで。」
美影は小さく息を吐いた。
「……また会うことがあるかもしれません。」
「会わない方が、平和です。」
彼女は何も言わず、部屋を出ていった。
⸻
天井を見上げる。
ヒーローの時代に、
悪役が必要になるってのも――
まあ、笑えねぇ冗談だ。
スマホが震える。
《依頼:明日
ヒーロー見習い相手に模擬悪役、お願いします》
「……ほらな。」
俺はスマホをポケットにしまった。
正義が増えすぎた街じゃ、
悪役はまだ失業しないらしい。
⸻
次回:
第4話「ヒーローのクレーム対応って、だいたい怪人がやらされる」
――「すみません、昨日の“倒され方”がリアルすぎて泣いたってクレーム入ってます」




