第28話 悪役、カフェを乗っ取られる
──正義の方がコーヒー薄いんだよ。
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朝。
いつものように豆を挽いていたら、
ドアのベルがカランと鳴った。
「おはようございますっ!」
……うるさい声だ。嫌な予感しかしない。
振り向くと、そこにいたのは――
金髪で爽やか笑顔、全てがキラキラしてる男。
「今日から短い間ですが、お世話になります!
ツバサ・ライトです!」
ミレイが裏で手を振る。
「アオトさん、紹介しますね。元・ヒーローの方です!」
「元?」
「“正義疲れ”で休職中らしくて」
……いや、なんでうちに来る。
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ツバサは何をやってもテンションが高い。
「ラテアートって難しいですね!でも“ハート”描けました!」
「ハートが逆さだ」
「愛はどの方向からでも届きます!」
客が笑ってる。
……くそ、人気出そうだ。
昼になると、さらに人が増えた。
「ヒーローが淹れるコーヒーが飲める!」とSNSでバズったらしい。
あっという間に満席。
ミレイが慌てて厨房をのぞく。
「アオトさん、今日の売上すごいですよ!」
「俺の居場所がなくなってくんだけど」
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夕方。
カフェは完全にヒーローの集会所と化していた。
「“悪”のリスペクトって大事だよな!」とか語ってるやつもいる。
ツバサがカウンターに座って、にこにこ言った。
「アオトさんのコーヒー、心が落ち着きますね」
「そうか。なら、もう飲むな」
「えっ?」
「お前が正義に戻りたくなったら困る」
ツバサは少し黙って、笑顔を小さくした。
「……じゃあ、しばらくは、ここで淹れさせてください」
「自由にしろ。ただし、“正義語り”は禁止な」
「了解っす!」
――そう言って笑った顔が、
かつての俺の“戦い相手”に、少し似ていた。
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喫茶“ヴィラン”。
正義を辞めた奴らと、悪を終えた奴らが、
いっしょにコーヒーを飲む場所。
カップから立ち上る湯気が、やけに穏やかに見えた。
「……ま、乗っ取られるくらいが丁度いいか」
ミレイが横で呟く。
「次は“正義側コラボ限定ブレンド”出しましょうか?」
「悪役の逆襲ブレンドにしとけ」
カウンターに笑いが響いた。
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次回予告
第29話 悪役、昔の仲間に再会する
“悪の時代”を共に過ごした相棒が、また現れる。
コーヒーと懺悔の夜、アオトの胸に残るのは――戦いか、友情か。




