第26話 悪役、舞台に立つ
──演技と現実の境界線? そんなもん最初から曖昧だ。
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朝、カフェ・ヴィランに一通の封筒が届いた。
銀のエンボス加工、やたら豪華な便箋。
「正義と悪の共演ミュージカル《ジャスティス・オブ・ステージ》
特別出演依頼:アオト様」
……開いた瞬間、コーヒー吹いた。
「なんで俺に“悪役役”のオファーが来てんだ」
ミレイがスマホ見ながらケラケラ笑う。
「SNSで話題ですもん。“本物を呼べ”って」
「悪役を本物で済ませるな。プロ使え」
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劇場に着くと、照明スタッフと役者たちがバタバタ動いていた。
主演ヒーロー役の青年が挨拶してきた。
「はじめまして!僕、光条シンジです!よろしくお願いします!」
眩しい。声のトーンからして善人。
「ヒーロー役なんて、どう演じればいいか迷ってて……」
「簡単だ。正義を信じて突っ立ってたらいい」
「え?」
「台詞、半分減らしていいぞ。お前、顔でヒーローできるタイプだ」
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リハーサル開始。
悪役「正義は、誰が決めた?」
ヒーロー「俺だ!」
台本を見る。
――……セリフが違う。
俺は苦笑しながらマジックで修正した。
悪役「正義は、誰が決めた?」
ヒーロー「上司だ!」
スタッフが笑いをこらえる。
監督が「そのままでいきましょう!」と即決。
……これ、コメディだったのか?
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そして本番。
ライトがまぶしく、観客席は満員。
俺は黒のコートを羽織り、舞台中央へ歩み出る。
セリフはもう覚えていない。
ただ、“悪”を演じる感覚だけは、ずっと体に残っていた。
「――正義は、都合のいい幻想だ。
俺が壊すのは、人じゃなく“嘘”だ」
観客が息をのむ。
照明が落ち、静寂。
次の瞬間、拍手が嵐のように響いた。
……なんだよ、みんな、案外悪が好きじゃねぇか。
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終演後、レンジが駆け寄ってきた。
「アオトさん、すごかったです!本当に悪役みたいで!」
「褒めてるのか、それ」
「いえ、心から!」
ミレイが楽屋から顔を出す。
「次は映画オファー来るかもですよ?」
「勘弁してくれ。照明よりコーヒーのほうが落ち着く」
舞台の幕が下り、静かな余韻だけが残った。
“演じる”ことと“生きる”こと。
結局、どっちも他人の目の前でやるもんだ。
俺は控室の片隅で、ひとり笑った。
「――今日も悪役、好評につき」
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次回予告
第27話 悪役、ファンイベントに呼ばれる
“舞台での悪役”がネットで大バズリ。
そして次の依頼は――“握手会”。
ファンと悪役、初めての距離感。




