第23話 悪役、昔の相棒と再会する
──裏切りは、懐かしさの味がした。
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雨の日だった。
カフェ・ヴィランの外で、雨粒がガラスを叩く音だけが響く。
静かな午後に、ドアのベルが鳴る。
見覚えのあるシルエット。
黒いコートに、かつての戦闘用グローブ。
目元は笑っているのに、どこか冷たい。
「……よぉ、アオト。久しぶりだな」
俺はミルを止めた。
「まさか、お前が生きてるとはな」
“レオン”。
かつて俺と並んで、悪を演じた相棒だ。
俺が退いたあと、消息を絶っていた。
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「ヒーローになった」
コーヒーを飲みながら、レオンはあっさりと言った。
「は?」
「正義の側に回ってみたんだよ。
“敵の正義を知るために”ってな」
俺は鼻で笑った。
「それ、研究とかじゃなくて転職って言うんだぞ」
「お前だってカフェやってんだろ。似たようなもんだ」
……こいつ、変わってねぇな。
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だが、話を聞くにつれ胸の奥がざらついていった。
ヒーロー組織の裏で、相変わらず“都合の悪い真実”を処理しているらしい。
「誰も汚れ役をやりたがらねぇから、俺がやってる」
「お前、それもうヒーローじゃねぇだろ」
「そうかもな。でも“悪役”とも呼ばれねぇ」
レオンがカップを置く音が、妙に重かった。
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「なぁ、アオト。お前は“悪”をやめて、何を得た?」
「……静かな朝だな」
「は?」
「誰にも命令されず、誰も守らなくていい朝。それが今の報酬だ」
レオンは少し黙って笑った。
「相変わらずだ。お前の答え、いつも皮肉で優しい」
「うるせぇよ」
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別れ際、レオンが傘を差しながら振り返った。
「また来るよ。次は“お前の敵”かもな」
「勝手にしろ。コーヒーくらいは出してやる」
雨が遠ざかる。
残されたカップから、まだ温かい湯気が上がっていた。
正義に行った悪役と、悪を知るヒーロー。
境界線なんて、最初から曖昧だった。
俺は窓を拭きながら、独りごちた。
「――また、面倒な時代になりそうだ」
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次回予告
第24話 悪役、記者に取材される
「平和時代に“悪”は必要ですか?」
その問いに、アオトは皮肉とコーヒーで答える。




