第20話 悪役、平和ボケした街に呼ばれる
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平和ってのは、だいたい退屈だ。
カフェ・ヴィランのカウンターで豆を挽きながら、俺はそう思った。
戦いも爆発もない午後。
聞こえるのはミル音と、小鳥の声だけ。
「……静かすぎて、逆に怖ぇな。」
ミレイが横からのぞいてきた。
「いいじゃないですか、戦わなくて済むなら。」
俺は豆をこぼしてため息をつく。
「悪役が平和に慣れたら、ただの喫茶店主だぞ。」
「もう十分、喫茶店主ですよ?」
「……言うようになったな。」
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そんな他愛もない会話をしていたら、ドアのベルが鳴った。
入ってきたのは、スーツ姿の男――見覚えのあるヒーローだった。
「……アオト、助けてくれ。」
「お前、ヒーローのくせに“助けて”って言うのか。」
男は情けない顔で座り込む。
「怪人も事件もないのに、毎日パトロール報告書だけ。
新人は退屈で暴走するし、現場はストレスまみれだ。」
俺はコーヒーを注ぎながら言った。
「平和ってのは、誰かにとっちゃ地獄だからな。」
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その日の午後。
俺はなぜか、その男に頼まれて街外れの訓練場に立っていた。
――“ヒーロー新人たちの教育係”として。
どうしてこうなった。
若いヒーローが段ボールの“悪役”を蹴り飛ばしてるのを見て、
思わず吹き出した。
「……段ボール相手にドヤ顔すんな。悪役ナメんなよ。」
ひとりの新人が俺を指差した。
「じゃあ、おじさんが敵役やってくださいよ!」
……火、つけられた気がした。
「いいだろ。教育してやる。」
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30分後。
訓練場には、泣きながら転がる新人ヒーローの山。
「……あんた、何者なんですか……」
「ただの悪役OBだ。」
彼らの指導教官が頭を抱える。
「……まさか、ここまでやるとは。」
「教育ってのは痛みから始まる。
痛くもねぇ正義なんて、甘やかされた自己満足だろ。」
俺はそう言って帰り支度をした。
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夕方、カフェに戻る途中で空を見上げる。
あの新人たち、立ち直るだろうか。
……まぁ、泣いてた分だけ希望はある。
正義も悪も、人間がやる限りは面倒くさい。
けど、面倒だからこそ面白い。
俺はコートの襟を立てて、笑った。
「――悪役、今日も点検完了。」
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次回予告
第21話 悪役、ヒーローの再就職を手伝う
平和ボケしたヒーローたちの“次の仕事”。
それを面接するのは、悪役だった。




