第19話 悪役、卒業式に呼ばれる
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春。
カフェ・ヴィランの前を、花びらが流れていく。
アオトはエプロン姿のまま、差し出された一枚の封筒を受け取った。
「……卒業式の招待状?」
ミレイが笑顔でうなずく。
「ヒーロー養成学園の卒業式ですよ。
“悪役代表”としての講演依頼です!」
「悪役代表って、字面の時点で事件だな。」
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式当日。
壇上に立つアオトは、黒いスーツ姿。
体育館いっぱいにヒーロー候補たちの視線。
彼はマイクを取り、面倒くさそうに口を開いた。
「お前ら、“正義の味方”になるそうだな。
まぁ……やめとけとは言わねぇ。
ただひとつ、覚えとけ。」
ざわめく会場。
アオトはゆっくり、言葉を置いた。
「悪を倒すより、人を憎まない方が難しい。
それができるなら、お前らはもう立派なヒーローだ。」
沈黙。
誰かが拍手をした。
やがて、それが広がっていく。
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式が終わり、校門前。
ミレイが隣に立っていた。
「かっこよかったですよ、先輩。」
「やめろ。スーツが似合わねぇって笑ってたくせに。」
「だって似合ってませんもん。」
「お前、容赦ねぇな。」
ふと、卒業生の一人――あの少年が駆け寄ってきた。
「アオトさん!あの時、カフェで言ってた言葉……本当でした!」
「ほぉ、じゃあ今度はお前が信じられる番だな。」
少年が笑って去る。
アオトは空を見上げ、ぼそりと呟く。
「……正義も悪も、卒業なんてできねぇもんだな。」
ミレイが横で小さく笑った。
「それでも、春は来ますよ。」
「そうだな。花びらの数だけ、バカがまた増える。」
「ヒーローのことですか?」
「人間のことだ。」
二人の笑い声が、春風に混ざった。
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数日後、カフェ・ヴィラン。
アオトはエスプレッソを淹れながら、ひとりごちる。
「――さて、次はどんなバカが正義を語るんだ?」
彼のマントは、もう埃をかぶっていた。
けれど、その瞳だけはまだ、
誰かの“正義”を見つめ続けていた。
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悪役の物語はまだ終わらない。




