第14話 悪役、政治家になる
⸻
選挙カーが街を走る。
スピーカーから流れる声は、妙に落ち着いていて、どこか怖い。
「――正義が行き過ぎたこの国に、少しだけ“悪”を。」
通りすがりの主婦が目を丸くする。
「えっ……悪?悪って言った?」
「うん。今どき正直な人ね……」
ポスターには、黒スーツにマント姿の男。
そう――ブラック・アオトン。
⸻
記者会見。
「では、立候補の理由をお聞かせください。」
「簡単だ。ヒーローが増えすぎた。」
「……は?」
「正義があふれれば、誰も悪を引き受けなくなる。
だが社会ってのは、誰かが“悪役”をやらなきゃ回らねぇんだよ。」
報道陣、どよめく。
一人の若手記者がマイクを向けた。
「つまり、あなたは“悪を肯定する”政治を?」
「違う。“責任を取れる悪”を認める政治だ。」
その一言が、全国に火をつけた。
⸻
街頭演説。
アオトはステージに立ち、群衆を見渡す。
「みんな、ヒーローが街を守ってくれると思ってるだろ?」
「そうだー!」
「じゃあ聞く。壊れた街は、誰が直してる?」
静寂。
「ヒーローは“救う”が、“直す”のは普通の人間だ。
悪役は、その現実を笑いながら教える存在だ。
……だから俺は、その“笑われる側”から国を直す。」
拍手。
最初は小さな音だった。
けれど、それは確かに広がっていった。
⸻
夜。
カフェ・ヴィランの裏で、ミレイがため息をつく。
「ほんとに出馬するんですね……」
「ああ。どうせなら、国レベルでバランス取ってみたくてな。」
「支持率、すでにヒーロー党抜きそうですよ。」
「嘘だろ。」
「“正義に飽きた国民”ってタグ、トレンド一位です。」
「末期だな。」
アオトは苦笑しながら缶コーヒーを開ける。
「でも――人は飽きるんだよ、正しすぎるものに。」
「だから、悪が必要?」
「ああ。
悪は、正義を見つめ直すための鏡だ。
俺はそれを、ただちょっと派手に掲げてるだけさ。」
⸻
選挙最終日。
街中の大型ビジョンに、アオトの姿が映る。
『俺はヒーローじゃない。
でも、ヒーローをちゃんと叱れる人間でいたい。
正義の暴走を止める“悪”が、この国には必要だ。』
演説後、静かな拍手。
涙ぐむ人さえいた。
⸻
結果発表。
投票率89%。
“悪役候補”、得票率48%。
落選。――だが、僅差。
ミレイが言う。
「惜しかったですね。」
「いや、十分だ。
“悪”にこれだけ票が入ったなら、まだこの国も大丈夫だ。」
夜空を見上げ、アオトは呟いた。
「正義が勝ちすぎる国には、敗ける悪が必要なんだよ。」
缶コーヒーの苦味が、いつもより少し、甘かった。
⸻
⸻
次回:
第15話「悪役、カフェでヒーローたちの午後3時」
「世界規模の正義を説いた後は、やっぱり日常に戻る――苦味のコーヒーと皮肉で。」




